ムラマツ

ライブはじめいろいろ楽しいことがあったのですが写真を撮っていなかったので、昔撮った母の故郷・宜蘭の山の写真でも。

この緑を見てるだけで心が少し吸われていく。

これはおばあちゃんが亡くなった5年前の夏。

おばあちゃんがいなくなって、休みができたら山に帰ろうという気持ちがずいぶん薄くなってしまった。

 

母のいとこ、私のおばあちゃんにとっては姪っ子、が長く入院していたのだが、先日自宅に戻り、やっと私のアルバムを聴いてくれたそうだ。

70代後半の人があのアルバム聴いてどう思うかな、と少しどきどきしたけど、アイー(おばさん)は、

「えりの声がえりのおばあちゃんの若い時の歌ってる声にそっくりで、涙が止まらなかった」

と言った。

おばあちゃんの歌をよく聴いて育ったけど、まさかそんなことを言われるとは思いもしなかった。

台湾原住民の曲、あと私の作ったナルワントと歌いまくるオリジナル曲は特に、とっても懐かしく「ムラマツ」だと言われた。

別のアイーも先日、「妳的歌聲,不知道國語怎麼講,就是ムラマツ」

とバスの中から電話で私に伝え、舌打ちをした。

台湾の舌打ちにはいろんな意味がある。うまく言葉にできない気持ちがこみ上げる時など、ちょっとため息に近いのかもしれない。

あなたの歌ってる声、中国語でなんて言ったらいいのかわかんないんだけど、とにかくムラマツなんだよ。

そう言われた。

 

ムラマツというとどっかの日本人みたいでなんとなく可笑しいのだが、これはタイヤル語で、

正確には私の母の実家の方で話す四季タイヤル語、「これを訳すのは難しい」とみんなが口をそろえて言う言葉だ。

懐かしくて、ちょっとさみしくなるが、悲しいのではなく、でもやっぱり少しさみしい、だけどいろいろ思い出されて、ああやっぱり懐かしい、

そんなような意味の言葉。英語の I miss you の "miss" のような意味だろうか。

 

アイーが私の歌声がおばあちゃんに似ててムラマツだと言ってから、

母もまるで伝染されたみたいに、そう言われてみればほんとにそうだ、アイーの言う通りだ、若い時のおばあちゃんの声を忘れてたけど、えりの声は本当にそっくりだ、とても懐かしいね、ほんとにムラマツだ、といつもいつも言うようになった。

 

そんなことがあり、声というのも、いろんな他のものと同じように、自分のものであって自分だけのものではないんだな、と思ったら、

何も考えずとにかく歌ったらいい、と沖縄でユタに言われたのはやっぱりその通りだなあと思うようになった。

私の声であって、おばあちゃんの声であって、きっと他の誰かの声でもあって、実際に似てるのかどうかわからないけど、そういうことではないんだろう。

声って不思議だ。歌だから余計に、なのかな。

 

ムラマツ、とこうして書いてみると、私はおばあちゃんの字を思い出す。

タイヤル語には固有の文字がないので、今はみんなローマ字で書いてるけど、日本語教育を受けた私の祖母は片仮名を当ててタイヤル語を書いていた。

おばあちゃんの引き出しに入ってたノートには、いろんな日本の歌の歌詞やちょっとしたメモ書きに混ざって、短い日記のような文章もあり、そこに片仮名で時々、「ムラマツ」と書いてあった。

私と母が一緒に日本に住んでいた子どもの頃、おじいちゃんとおばあちゃんは時々台湾から手紙をくれて、いつも古めかしい日本語で書かれていた手紙のその一番最後の部分は、カタカナのタイヤル語だった。

祖父母から手紙をもらうのははじめてで、ましてや自分の祖父母が字を、文章を、書ける人だったなんて、子どもなりに私はものすごくびっくりしていた。

ムラマツ、という言葉は、だいたいどの手紙の最後にも書かれていて、

その祖母の書くカタカナの形と、台湾の便箋の罫線の赤い色は、今もくっきりと、私の心の中に映し出されている。