身体ていしちに

5月。近所の一番好きな場所。

そういえば4年前日本に久しぶりにちょっと帰った時も5月。日本の新緑の緑色がこんな色だったんだ、と感動したんだった。花咲く春も好きだけど、この新緑の時期が一番心がのびのびとする。タンポポだって綿毛になって飛んでいくんだ。

 

昨日は永武幹子ちゃんとデュオ。はじめてお会いする方も見えてちょっと緊張したけど、自分で立てた小さい目標=小さなお祭ができて嬉しかった。一緒に考えてくれて心から最高のものにしてくれた幹子ちゃん、私の気持ちと一緒になって踊って歌って掛け声かけてくれた皆さん、本当にありがとう。

ライブについては毎回考えることがいろいろあるけど、昨日は改めて、共演者やお客さん達から私いただくもの(そういえば素晴らしい差し入れやお心遣い、たくさんいただいたのでした!ありがとうございました・・!)の大きさを感じた。私も今よりもっともっと大きなものをいつもお返しできるような人になりたいと思いながら帰った。

本当にありがとうございました。

 

ちょっと前Youtubeで喜納昌吉さんとお父さんの喜納昌永さんが二人で歌う『てぃんさぐぬ花』に感動して、感動してすぐに喜納さんのホームページに行ってみたら喜納さんがあんまりにもすごい人だったのでびっくりして、そうしたらちょうどライブがあるというので生で素晴らしい歌とギターと三線を聴くことまでできた。

変なおじさんがハイサイおじさんの替え歌だったことも知らなくて、変なおじさんの元の人、ハイサイおじさんの人、が花の人だったのも三線教室に来るまで全然知らなくて、しかもハイサイおじさんがこんなにもものすごい歌で、ハイサイおじさんの人がこんなにもものすごい人だったなんて全然知らなくて、

ここのところ毎日そのことを考え直しては驚きと尊敬の波がくり返し心の中にやってきて、そして最後に心の奥の湖が深く静まり返るような状態でいる。

そんなこんなで今は、私も自分のライブにもう少しお祭り的な要素を入れてみようと思ってるんだけど、昨日はそう思い立ってから最初のライブだったし、お祭り的要素どころかすごいダイレクトに試してみた。

結果!私自身がとにかく楽しくなってしまった!

この私の楽しい気持ちから第一歩が始まって、ライブを重ねるごとにみんなで共有できるものにどんどん育っていくのを楽しみとしよう。。

 

ところで最近その日のライブのセットリストを決める時にするようになった新しい習慣で、朝起きてふんふんと鼻歌の出てきた歌を必ず歌うようにしている。

よく覚えていない曲が出てきてしまったら、ライブの時間までになんとかアレンジを考えつつ譜面を書いて頑張って覚える。

いつも無意識に朝から鼻歌だったり起床一発わりとしっかり歌い出したりしているのだが、こんなわけで、そういう無意識な歌をちょっと気をつけて自分で聴くようにしている。

 

今日はライブのない日だけど、朝ベッドから立ち上がった瞬間、ついこの間習った登川先生のフィナレー(別れ)という曲が出てきた。

いい曲だなあと思いながら練習してたけど、まだ覚えきれてないと思っていたので、もう鼻歌になって朝一番に登場したことにちょっとびっくりした。

そういえば昨日の夜は、勧められたYoutubeを見ていて、最初は後ろ姿しかうつっていなかったドラマーの後ろ姿がなんとなく友人に似てるなあと思ってたら、

中盤からそのドラマーの正面が映り、やっぱりそのドラマーは友人だった。彼は少し前に病気で亡くなった。

彼の演奏をちゃんと聴いたのは実は昨日のYoutubeがはじめてで、1時間強のライブだったんだけど、バンドメンバー全員すごくて、彼もすごかった。

東京でふらふらしてて暇だけが取り柄だった当時の私が、こんな人と「ただ友達になった」って、そんなことってあるんだ、と今更びっくりした。

今ミュージシャンしてる自分から考えたら、キャリアも活動の場もまさに雲泥の差の人とただの友達だとか、夢のまた夢のような寝言のような話で、我ながら信じられない話だ。

そして思いがけず今頃Macのスクリーン越しにその友達と出会い直して、今私が見ている目の前で生命力が飛び出してくるみたいに彼はドラムを叩いてるけど、

この人は今ここの私がいる現実の世界にはいないのかと思うと、なんともいえず不思議な思いになった。

 

ライブはないけど、今日は一人でフィナレーを歌った。

なんでかわからないけど、もう死んでしまった友人なのに、「身体ていしちに」という歌詞を私は彼に歌いかけていた。

体たいせつに。また会える日まで。

ロマンチック

去年の今頃は台湾に帰ってたらしい。これは夕暮れ時の淡水。

遠くから見ると、ベンチがまるで川に浮かぶボートのようで、とてもロマンチックに見えた。近寄ってみれば、ロマンチックなカップルより、友達同士だったりおじちゃんおばちゃん四方山話グループが多かったりするんだけど、でもそもそも夕暮れ時に人々が少し涼しい水辺に集まっておしゃべりすること自体とてもロマンチックなんだから、それに気付かせてくれてありがとう、ベンチ。ベンチを作ってくれた人、置いてくれた人。

今この写真を見てると、アフリカのサファリで、ちょうど空がこんな色になる頃、キリンやサイや、スプリングボックや、シマウマや、いろんな動物たちがジャンル(?)を超えて水辺に集まっていたのを思い出す。

 

昨日はやっとちょっと落ち着いて三線教室へ行くことができた。

先生と一緒に歌うのがすごく好きだ。私ももっと生徒さん達と一緒に歌おう。

登川先生の曲二曲と、お祝い事に歌う歌を習った。

この間地図を見て八重山があんなにも宜蘭から近いことを知ってから、八重山の歌も気になるなあと心ひそかに思ってたんだけど、たまたま先生が「あなた次はこれやったらいいよ」と歌い出した曲が八重山の曲だった。

 

そういえば以前ライブでご一緒した方が、リハ中に一人で私が安里屋ゆんた歌ってるのを聴いて「堂々としてていいね、声が八重山の方の人みたいだね」とおっしゃった。

その時は八重山がどんなところか全くわかってなくて、へーと思うくらいだったが、

大工哲弘さんのインタビューを読んでいたら、八重山の歌、特にゆんたは外で農作業しながら延々とコール&レスポンスだから、とにかくすごい声を出して歌うらしいのだ。

それに対して沖縄本島の歌は、いわゆるお座敷での歌、大工さんは「四畳半歌」と言ってたけど、基本室内で歌うのでちょっと裏声になったする。

沖縄の歌を改めて聴くようになって、女の人がみんな細く細く紡ぐような声なので、これはなんでかなあとずっと思っていたけど、これはなるほど。

音楽に関して私の場合どんなものにもタイヤルの子ども(laqi tayal)な自分が大きく参加してて、そんなわけで、沖縄の歌は親近感を持ちながらも時々違和感も感じていた。

違和感へのひとまずの対処法として、みんなで歌う時は調和を、自分一人の時は「味付け」と先生も言ってたし原住民風もまたよしとしてたけど、

八重山の歌というが沖縄本島の歌と台湾原住民の歌の間にあったというのが、今日の私の発見。

アミの歌になんとなく近いものを感じてたのは、ゆんた的なものだったんだね。アミもコール&レスポンス多いし、とにかくみんな大きな声で歌う。

この間沖縄(本島)に行った時、台湾と一番違うのはやっぱりあの圧倒的な山々があるかどうかだな、と思って、

また面白かったのが、八重山の方は、本島と比べて山や川が多く、歌も自然の素晴らしさを歌ったものなんかがたくさんあるらしい。

 

いやあまだまだ知らないことがいっぱい。行ってみたいところも、歌ってみたい歌も。

大工さんも台湾の原住民の歌を聴いた時、やっぱりゆんたに似ていると思ったらしい。おもしろいね。

 

この日曜日は先生と教室のみんなと老人ホームへ歌いに行く。

歌手という仕事ができて本当によかったけど、今の私は主にミュージックチャージをとるお店で歌うことが演奏活動のメインになっていて、

これからはそれ以外の場所で、いわゆるライブと違う形で歌ってみたいと思っていた。三線と沖縄の歌のおかげでお祭りや老人ホームで歌えてうれしい。

下町フォーエバー

友達のお家の玄関のすき間からかわいい花。

ここのおうちには本当にお世話になって、

私を招いてくれて、おいしいご飯をふるまってくれて、

そこから朝の7時まで、一緒にいろいろ音楽の届け方を考えてくれて、

出かける前にちょっと仮眠できるよう、あたたかいお布団まで敷いてくれた。

ありがとうスイートゆみちゃん。

 

あの日たっぷりサポートしてもらったおかげで、すっかり力をもらって、

自分の家に帰って3日間、はじめて自分で、音楽の届け方について真剣に考えて、なんとか企画をまとめることができた。

もちろん曲のアレンジや演奏の中での音楽の届け方というのは今までずっと考えてきていることだけど、

その音楽を演奏する場について、同じくらい真剣に考えたことはなかった。

よく考えたら、その空間の空気を振動させていくわけだから「場」も音楽のうち、

そういうこと考えるの好きだったみたい。

 

しかし下町は、というか、墨田区のあのエリアいいなあ〜。

あの辺りは唯一空襲で焼け残ったエリアらしく、昔の家々が残っているからこそ、そこでの暮らし方、人との付き合い方ごと今も残っているみたい。

台北によくいる(NYにもいた)タイプの世話焼きおじさんおばさん的人々、あのあたりに行けばたくさんいるらしい。

そうやって考えると、東京、やっぱり焼け野原になってズタズタになったんだなあ。街も、街が持ってた人の交わりも、素直な動きも。

NYだって台北だって大都市だけど、東京と比べるとやっぱり、ごく自然に人と人が交わる風景がある。

あっと思ったら「あっ」とそのまま声に出るくらいの感じで、ただちょっと吹いてきた風くらいの感じで「その靴いいね、どこで買った?」とか、

そんな会話をすれ違う人とさっと交わして、たださっと通り過ぎて行く、たったそれだけのことなんだけど、

そういう感じが東京ではほぼ全くなく、たったそれがないせいで日々なんとなく、日々ほんの少しずつ、私は消耗している気がする。

 

というわけで、ゆみちゃん家に行くのもライブであのあたりに行くのもすごい好き。

実際その日も、夜中2時過ぎくらいに、歯ブラシやらお菓子やら買いにコンビニに行こうと思って玄関開けたら、

ゆみちゃんの家の前で、ものすごく苦しそうにしている若い女性が一人。

「今から産みに行くところなんです」

と。

私がのこのこブーツを履いている間、ゆみちゃんはささっと側に行って、腰をさすってあげて、しっかり彼女を病院へ送り出していた。

リスペクトゆみちゃん。

私もいつかそれくらいになりたい。

歌と踊りと格闘技

今日は朝から Kendrick Lamar ピュリッツァー賞受賞と Beyoncé の Coachella のパフォーマンスでとても力強く前向きな気持ちになった。

コミュニティの持ついろいろを背負って、自分の才能を犠牲にすることなく、心身を保ち、音楽ビジネスの巨大な力を使いこなし、自分自身もコミュニティも跳ね上がらせることができるって、あまりにすごいことすぎて、まるで嵐に次ぐ嵐の中、たくさんの船が連なる先頭で豪華客船と海賊船を二隻同時に操縦し、さらに雲間に太陽を呼び寄せ、大海原に虹をかけて進み続ける船長みたい。

ものすごい人たちだよ、本当に。

ビヨンセでよく友達と踊りまくったなー。

そして流行してる音楽が空間に流れる時の魔法的力ってやっぱりあるなと思った。

最近自分が触れていなかっただけだね。

 

踊りといえば、なんとなく三線始めてみて思わぬ喜びだったのは、

人を踊らせたり、場合によっては自分も踊る仕事が、歌うのと三線弾くのと同じくらい大事な仕事だったこと。

Barry Harris がクラスでいつだったか「ジャズの間違いはダンスを切り離してしまったことだ」と言ってて、そのことが頭にずっと残っている。

 

こないだの日曜は三線の合同稽古で来月のはいさいフェスタ(沖縄のイベントとして沖縄県外で最大だとのこと)に向けて練習していて、

はじめて宮古の曲の踊りを習った。みんなで踊るのはやっぱり楽しい。

大きくジャンプするところとか、なんとなく我々台湾原住民の踊りを思い出したりして、

そういえば、宮古ってどこにあるんだっけ、と地図を改めて見てみた。

こんな距離感だったとは。

直線距離で宜蘭から与那国って、与那国から石垣と同じくらい。

台北から屏東、台北から宮古、名護から宮古がどれも同じくらい。

近いとは知ってたけど、今日はなんだかとってもびっくりして、しばらくGoogle Mapを大きくしたり小さくしたりしていた。

琉球弧という言葉も改めて気になってちょっと調べたら、弧の長さ、九州から台湾の間までがちょうど本州くらい。

地図って面白いな。

生まれてはじめて台湾が大きい島だと思った。たぶんはじめて沖縄の島を基準にする気持ちで地図を眺めたから。

そんなこと思って見てたら、台湾が、よく駅ビルで計り売りしてる、あの大きいお芋の中身をくりぬいて作ったずっしり重いスイートポテトに見えた。

 

ケンドリックとビヨンセからもらったもうひとつの大事な気持ちは、格闘技をまた始めたい気持ち。

なんでかわかんないけど、格闘技する私と早弾きで歌う私は何となくリンクしてて、そこに行きたい。打楽器な私もたぶんそのへんにいる。

この間ライブに来てくれた三線教室の同い年友人かつ三線大先輩に、私の三線弾いてもらったら、同じ楽器?ってくらいまろやかないい音がして、

Youtubeでいろんな人の弾き方を見てた。

今日見た中で自分に一番そっくりな弾き方だったのは、カメラをチラリとも見ずフルパワーノンストップで延々演奏するずいぶん恰幅のよい小学生男子で、

ちょっと笑ってしまいつつも納得。そばでずっとおじいちゃんらしき方が見守っていた。

ああいう子ども、私の中に確かにいるな。

ムラマツ

ライブはじめいろいろ楽しいことがあったのですが写真を撮っていなかったので、昔撮った母の故郷・宜蘭の山の写真でも。

この緑を見てるだけで心が少し吸われていく。

これはおばあちゃんが亡くなった5年前の夏。

おばあちゃんがいなくなって、休みができたら山に帰ろうという気持ちがずいぶん薄くなってしまった。

 

母のいとこ、私のおばあちゃんにとっては姪っ子、が長く入院していたのだが、先日自宅に戻り、やっと私のアルバムを聴いてくれたそうだ。

70代後半の人があのアルバム聴いてどう思うかな、と少しどきどきしたけど、アイー(おばさん)は、

「えりの声がえりのおばあちゃんの若い時の歌ってる声にそっくりで、涙が止まらなかった」

と言った。

おばあちゃんの歌をよく聴いて育ったけど、まさかそんなことを言われるとは思いもしなかった。

台湾原住民の曲、あと私の作ったナルワントと歌いまくるオリジナル曲は特に、とっても懐かしく「ムラマツ」だと言われた。

別のアイーも先日、「妳的歌聲,不知道國語怎麼講,就是ムラマツ」

とバスの中から電話で私に伝え、舌打ちをした。

台湾の舌打ちにはいろんな意味がある。うまく言葉にできない気持ちがこみ上げる時など、ちょっとため息に近いのかもしれない。

あなたの歌ってる声、中国語でなんて言ったらいいのかわかんないんだけど、とにかくムラマツなんだよ。

そう言われた。

 

ムラマツというとどっかの日本人みたいでなんとなく可笑しいのだが、これはタイヤル語で、

正確には私の母の実家の方で話す四季タイヤル語、「これを訳すのは難しい」とみんなが口をそろえて言う言葉だ。

懐かしくて、ちょっとさみしくなるが、悲しいのではなく、でもやっぱり少しさみしい、だけどいろいろ思い出されて、ああやっぱり懐かしい、

そんなような意味の言葉。英語の I miss you の "miss" のような意味だろうか。

 

アイーが私の歌声がおばあちゃんに似ててムラマツだと言ってから、

母もまるで伝染されたみたいに、そう言われてみればほんとにそうだ、アイーの言う通りだ、若い時のおばあちゃんの声を忘れてたけど、えりの声は本当にそっくりだ、とても懐かしいね、ほんとにムラマツだ、といつもいつも言うようになった。

 

そんなことがあり、声というのも、いろんな他のものと同じように、自分のものであって自分だけのものではないんだな、と思ったら、

何も考えずとにかく歌ったらいい、と沖縄でユタに言われたのはやっぱりその通りだなあと思うようになった。

私の声であって、おばあちゃんの声であって、きっと他の誰かの声でもあって、実際に似てるのかどうかわからないけど、そういうことではないんだろう。

声って不思議だ。歌だから余計に、なのかな。

 

ムラマツ、とこうして書いてみると、私はおばあちゃんの字を思い出す。

タイヤル語には固有の文字がないので、今はみんなローマ字で書いてるけど、日本語教育を受けた私の祖母は片仮名を当ててタイヤル語を書いていた。

おばあちゃんの引き出しに入ってたノートには、いろんな日本の歌の歌詞やちょっとしたメモ書きに混ざって、短い日記のような文章もあり、そこに片仮名で時々、「ムラマツ」と書いてあった。

私と母が一緒に日本に住んでいた子どもの頃、おじいちゃんとおばあちゃんは時々台湾から手紙をくれて、いつも古めかしい日本語で書かれていた手紙のその一番最後の部分は、カタカナのタイヤル語だった。

祖父母から手紙をもらうのははじめてで、ましてや自分の祖父母が字を、文章を、書ける人だったなんて、子どもなりに私はものすごくびっくりしていた。

ムラマツ、という言葉は、だいたいどの手紙の最後にも書かれていて、

その祖母の書くカタカナの形と、台湾の便箋の罫線の赤い色は、今もくっきりと、私の心の中に映し出されている。

さくらまつり

3月最後の日は、三線教室のみなさんとさくらまつりで演奏、

そして桜吹雪の中お花見して打ち上げ。

みんなで一生懸命風の吹いてくる方にカメラを向けた。

脱いだ靴にも荷物の中にも、みんなの肩や焼き鳥にもたくさん花びらが乗って、とても楽しかった。

3歳くらいの小さい子もいれば、高校生も、大人も、おじいちゃんおばあちゃんも、一緒になって敷き物の上。

みんなで一緒に三線弾いて歌って、もう何話したか覚えてないようなおしゃべりをして、

時にはこうやって平和も味わわないとね。

知ってる人も知らない人もたくさんの人たちが楽しんでいる顔が、花咲く青空のもと並んでいるのは、やっぱり何ものにも代えがたい。

 

世代の違う人たちが集まって、みんなが知ってる歌があって、みんなでそれを歌うってすごーーく楽しいなあ。

私よりたくさん歌を知ってる人がいっぱいいて、でも私の方がちょっと知ってる歌もあって、

歌ったり、歌ってもらったり、手拍子をしたり、

こういう場は日本に来てはじめて。やっぱり民謡の世界はいいなあ・・!!!

 

ちなみにビンゴ大会ではコーヒー豆ゲット。いぇい。

また来年みんなでここに戻ってくるのが楽しみです。

 

その翌日もたっぷり外で過ごし、夜は友達と久しぶりにホルモン。

桜も盛大に散って降りかかってきたし、いよいよ次の季節が始まる兆し。

4月はライブ少なめですが、5月から始まるいろいろを準備しておりますので、どうぞお楽しみに!

台湾にもちょっと帰れたらいいんだけどなあ〜〜。

さっき電話で母が言うには、台北はもう29度だとか。

私はまだまだ革ジャン、ストール、ショートブーツだよ、と話したら、

「それ聞いてるだけで暑くておかしくなってきそう、やめて」と受話器の向こうで気が遠くなってました。だってまだまだ冷えるんだよー。

 

今月1本目のライブは明後日4/4(水)Eri Liao Trio @上尾プラス・イレヴン

三人のスケジュールがなかなか揃わず、トリオは今月この日のみ。とてもいいお店ですので、気になる方はぜひ!

口琴も三線もチェケレも入って(なんでもすぐ入れたくなる)ますますちゃんぷるー度が増していい感じです。

日本口琴協会定例会@円盤でした。

ライブでタイヤルの服着るのはなんだかこれ見よがしであんまり好きじゃないのですが、

昨夜ばっかりは!自分から着ました!(オドバルさん撮影ありがとうございます!)

頭に何かつければよかったけど持っていくの忘れちゃった。また次回。

 

いつものトリオやデュオ、弾き語りのライブの時とはぜんぜん違う人たちと知り合えて、

そんな出会いもうれしい夜だった。

久々にハッチャケた、というか、いつもとちょっと違うとこがガパッと開いた。

口琴はもちろん、倍音、変わった楽器、アジアの音楽、

そのあたりで反応して集まってくださった方々も多く、

普段のライブの時は、まどろっこしくなるし、まあ曲やればいっか、て感じで省略するような話も、

ウェルカムな雰囲気の中、ライブ中も終演後も、いろいろ自然と話してた。

そうやって自分からオープンになって人と関わるのが素直に楽しい時間だった。

口琴、やっぱり特別なんだなあ。

直川さん、演奏家や研究者としての素晴らしさもそうだし、

誰でも立ち寄れるこんな場を毎月用意してらっしゃるその活動にはほんとに頭が下がる。

私にも、

「ひいおばあちゃんと交信してください」

だもんなあ。でも口琴てほんとにそういう気分になるんだ。

 

この間沖縄に行った時も、口琴を持っていった。

別に誰に聞かせたいわけでもなかったけど、

なんとなく、自分にとって大事なことがあるときは、口琴も一緒に、という気持ちがいつのまにか生まれていて、旅にも一緒に持って行った。

泊まった宿が相部屋だったので、みんなが出かけた後、

一人になった時間にちょっと鳴らしてみたりした。ただそれだけなんだけど。

 

昨日いらっしゃれなかったいろんな方、直接面識ある方からもない方からも、聞きたかった!とありがたいメッセージをいただいたので、

これからも口琴、いろいろとできたらいいなあと思った。

次回ライブ 4/4(水)Eri Liao Trio @上尾プラス・イレヴン。トリオだし口琴もやってみようかな!

 

と、そうだった!昨日直川さんから「口ぷうーって大きくする人(ディジー・ガレスピー)も口琴奏者ですよ」と伺ってすっごい嬉しくなって、

早速 Youtube に行ってみたらば。ありましたありました

こういうことしちゃう Dizzy ってやっぱり好きだーー!そして Bunny Briggs のタップもすごい。

夜桜のはじまり

今日こそは写真を撮った。何を撮ろうかと思いながら過ごすのもいいね。

帰り道の公園。

生まれてはじめてのものを見かけて、あら、と思っていたら、

向こうにいた、いかにも野良風情の猫さんと目が合った。

同じものを見てたのかな。

半月の綺麗な夜だった。

 

昨夜のいしはらライブ、

いつもよりまったりな客席のおかげで、私たちもいい夜ご飯ができた。

トマトとツナのスパゲッティ、

口の中に時々一緒に入ってくるディル(多分?)とスナップえんどうがとってもおいしかった。

石原さんに会うと、あんまり話せなくてもなんとなく楽しい気持ちになるからいい。

そんなわけでついつい、素敵なレストランではあまり流れなさそうな感じの音楽(ワイングラス回す雰囲気じゃないやつ)たっぷり演奏いたしました。

さりげなく石原さんのせいにしておりますが、

この方がオーナーシェフのお店に私たちを呼んでくださったなら、

本音出しちゃっていいよね、とトリオ全員、無意識でなっていたような。

最後には結局いつもの石頭歌をやって、

先ほどまで上品にお食事されていた方もノリノリに歌ってくれて一安心。

 

いつも演奏するたび、自分にこのトリオがあってよかったと思う。

この二人と演奏してると、自分が誰にも言わずこっそり大事にしてたものがあぶり出されて来るような感覚がある。

そんな流れで最近、ちょっと意外だけど納得もいく発見があって、

私の中にロックとかブルースな部分があったんだなー、ということ。

ロックとかブルースとか呼ばれる音楽を積極的に聴いたことはほとんどない、どころか、

若い頃はラジオでハードロックらしき曲がかかるとチャンネル変えてたし、

17、8の頃、知り合いが「絶対に聴いた方がいい」と貸してくれた古いブルースのコンピレーションCDは、

部屋でかけているとどんどん心臓が追い詰められていくようで、一枚終わりまで聞き通すことがどうしてもできなかった。

それだけ強く反応してたということだったのかもなーとか思う。

 

今日は国領でレッスン。

生徒さんたちそれぞれ、みんな歌に対する思いがあって、そういう気持ちを私にも話してくれるのがうれしい。

その気持ちが歌と一緒に、皆さんの中から外へ、広がるように出ていくお手伝いができたら、といつも思う。

"On the Sunny Side of the Street" を持ってきた生徒さんが、

「この曲って、大恐慌の、ものすごく暗い時代の歌なんですよね。

 そんな時に、コートを羽織って、外へ出て、陽の当たる通りを歩こう、なんてすごい歌だなあと思って」と。

ちょうど今日はいいお天気だったこともあって、この曲がとても心に響いた。

昨日夜中にネットで見ていた March for Our Lives、Emma Gonzalez、David Hogg、Edna Chavez、Naomi Widler、Sam Fuentes、

お花見へ向かう人たち、伊勢丹の前に集まる人たち、

なんとなくその姿が頭をよぎったりもして、

生徒さんが帰った後、私も空き時間にピアノを弾いて、On the Sunny Side Of The Street を歌ってみた。

ディジーの歌を久しぶりに聴いて真似したり、ソニー・スティットのソロを真似してみたりしてたら、

心が駆け上がるような、とっても励まされる気持ちになった。

 

夜は 36°5 へ遊びに。815 -ハチイチゴ- が聴けてとってもよかった。

ギター弾き語りでまっすぐにこちらへ向けられてくる歌の持つ力、そこにしかない大きな力ってやっぱりあるなあ。

お客さんたちみんな、その力を感じてる熱気を出していた。

 

今週は水曜日にソロライブがある。しかも今度のソロ、日本口琴協会での演奏で、テーマは「口琴」です。

最初お話をいただいた時、こりゃ大変なことになったわいな、と思ったけど、

まずは家で一人、試しに口琴ソロなるものをやってみて考えよう、と思ってやってみたら、

自分でも驚いたことに1時間以上にわたって口琴をぶんぶん鳴らしていて、しかもまだもっと鳴らしていたい気持ちになった。

どうやって歌と組み合わせようか、セットリスト考えるのも楽しいし、直川礼緒さんにまたお会いできることもすごく嬉しい。

明日はいしはら、夢でチャイナタウン

せっかく最近ブログ書けるようになったのですが、

写真が、ない。

何かいいやつないかなーと写真フォルダを漁ってたら、ざーっと4、5年さかのぼっていた。

4年前の自分かあ。

なんでもないNYのチャイナタウンの写真が何枚も出てきて、

何が撮りたかったんだろうなあと思い出してた。

チャイナタウンなんだけど、現実世界のNYのチャイナタウンのようでまたちょっと違う場所に、ここしばらく何度も夢で訪れている。

何度もくりかえす夢は、無意識からのメッセージだというけど、

現実世界のチャイナタウンのスーパーは、私の避難所みたいなとこだった。

台湾で食べたのと同じ野菜、同じ果物、

パン、調味料、いろんな内臓、肉、魚、お惣菜、

におい、

人のエネルギー。

その中にまみれて、買い物袋いっぱいに食料品を詰めて地下鉄に乗ると、これでまた自分もしばらくたくましく生きていけるように思った。

東京の春にはうららかとか花冷えとかそういう言葉がぴったりくるけど(それか花粉症)

NYの春は、春がますます春を突き進んでいくように、

太陽の光が毎日感動するほど強く光り輝いていくのが好きだった。

この写真の紫のおばちゃん三人も、強く光り輝きながら、私の方へ歩いてきたんだった。

 

話変わって昨日はジャズピアニストの魚返明未ちゃんとデュオ@学芸大学 珈琲美学。

最近、ベースの小牧さんアレンジ「雨夜花」をいろんな人と一緒に演奏していて、すごくよい。少し、一緒に絵を描いているみたいな感覚。

私のライブに来てくださるのは2回目という方に「色も風も、世界があって、見えてくるみたいだった」と感想をいただいて、とても嬉しかった。

あみちゃんとも、1ステージだけだと少し物足りないし、もうちょっとじっくりライブもしたいね、という話をした。

この間沖縄に行った時にお会いしたユタから、

「何も考えないで歌えばいい、歌い続けていろんな波を乗りこなしていけばいい」

と言われたのが何気にすごく力になってる気がする。自分にも、音楽にも。ありがとうユタ。

 

明日3/24は Eri Liao Trio ライブ

代々木公園近くのビストロ 菜彩グリル いしはら にて、今回で3度目の Live Music Saturday 。

ずっと心で歌ってた大好きな曲、この間リハしてみたらいい感じだったので「いしはらでこの曲やろう!」ということに。

そういえばちょうどぴったり春の曲、もうちょっと初夏に近いイメージかな、でも春の風みたいな大好きなジョビンの曲。

ジョビンの音楽、決して詳しいわけではないんだけど、

詞の世界も、メロディも、ハーモニーも、リズムも、内声も、アレンジも、本人の歌も、ピアノもギターも、口笛も、

ものすごく、ものすごく、好き。一人でも誰かとでも、歌いたいし聴いていたい。

明日はまだまだお席もあるようなので、気になる方もしいらっしゃったらぜひ。

ライブの時は、戦場のようなキッチンと、終了後、翼の折れたような姿でフロアに現れる石原シェフが大変印象的なのですが、

明日はゆっくりとシェフのごはんにありつけそうで、それもまた楽しみ。

三連ちゃん終了、よく寝た!

ライブ三連チャン終えてひと段落。どれもそれぞれに重みあるライブ、とても楽しかった。

全部終わって昨日は丸一日とにかく寝続けました。

と思ったら今日、起きたら外は雪。。どこにいるのかと思った。

 

まずは3/17、金子飛鳥さん x Eri Liao Trio @青山 HADEN BOOKS。

(飛鳥さん、お写真拝借いたしました!)

飛鳥さん、小池アミイゴさん、HADEN 林下さんの3人が続けてきたイベントの24回目ということで、

その重みも感じつつ、飛鳥さんの音楽の大きな想像力の包容の中で、

いつにも増して、とっても自由に歌わせてもらいました。

という気分だったのですが、

来場者の方から「言語によって声が変わる(もしくは変えている?)のはなぜ?」という質問が相次ぎ、

時間の関係などもあってロクな答えができなかった。

というか、本当は、その答えを皆さんと一緒に探ってみたかったなと思った。

 

言語ごとに発音に使う筋肉や共鳴する場所が違うからでは?とか、

それもそうなんだけど、でもそれだけじゃ絶対にない、のです。

少なくとも私のような者にとっては。

私がこんなにいろんな言葉で歌わないと、自分に誠実な音楽表現にならなくなってしまった理由がたぶんあって、

そのことと「声」の問題は大きく関わっていて、

そのことと、私が日本に、日本語に、感じてる様々な気持ちは大きく関わっていて、

とか、

愛 と love って同じ「声」で発せれるんだっけか、

とかそういういろんなことを、

少なくとも考える入り口に皆さんと立てたのは良かったのかな、そう思ってます。

 

そんな結構でかい入り口のぞいちゃったHADEN BOOKSライブの翌日、ファルコンとデュオ@住吉 &LOUNGE。

ファルコンとはよく演奏するけどデュオって久しぶりで、それなのにいつの間にかデュオとしての完成度が上がってた。

この夜、ファルコンはファルコンで、お客さんからエフェクターに関わる根源的な質問をされたようで、

帰りの電車、そうかーそりゃあそんなこと言われたらいろいろ考えちゃうよなー、と思って横を見たら、熟睡していらっしゃった。ファルコン。

ずっと一緒に演奏してる仲間がいるっていいもんだな。安心していろいろ出せる。これからもよろしく!

 

デュオの翌日は私ソロ。いつもお世話になっている幡ヶ谷36°5にて。

私が歌をはじめたきっかけはジャズだったので、演奏するお店も共演者もジャズな人々が多かったのですが、

36°5 はシンガーソングライターたちの集まるライブハウス。

そんなこともあって、ここに来るといつも「歌」について新鮮な気持ちでもう一度眺めることができて、とても得るものが多いと感じる。

そもそも日本語オリジナル曲ほぼゼロ、シンガーソングライターとはとても呼べない私をブッキングしてくださって、

ほんとにありがたいことだなあと思います。

特にこの日はカウンターの中も外も飲んべえ揃い(?)でリハからみなさん始められていたので、、、

私もご一緒してみました!「酔拳」というものがあるんだ、というよう介さんの言葉に大いに励まされました。

そんな感じで終始楽しい雰囲気。お客さんとも出演者の皆さんとも、なかなかに深みのある、いい話ができた。

 

というわけで、よく寝ました!毎日濃かったよ!

一日寝まくったぐらいじゃ全然寝かせきれない大きなものをいただいた三日間。これからですね。

今週は明日からまたライブ二つ。

明日3/22木曜日はジャズピアニスト魚返明未くんとデュオライブ&セッション@珈琲美学

そして3/24土曜日は、代々木公園のレストラン、菜彩グリルいしはらにて Eri Liao Trio の演奏とともにおいしいお食事な夜。

今回はまだお席も余裕があるとのことで、ご予約まだまだ受付中。おいしいお野菜と楽しいシェフと一緒にお待ちしてます!

 

さーて!買い物してご飯食べてまた準備するじょーー。

来月末か連休明けあたり、ちょっとしたワークショップを計画中なので、そんなお知らせももうすぐできたら。