おばあちゃんとサラ・ヴォーンのジェリーカール

今日は夢に久しぶりにおばあちゃんが出てきた。

もうこの世にいない人が夢に出てくると、不思議と、起きた後もその情景をしっかり覚えている。

 

おばあちゃんは今より、というか、3年前死んだ時よりも少し髪が長くて、

私が小学生くらいの時、「そろそろ美容院に連れて行ってちょうだいよ」とおばあちゃんが母にねだり始める頃の、だいたいそれくらいの長さだった。

今思えばあれは80年代流行っていたからか、おばあちゃんは当時所謂ジェリーカールにしていて、

 

(この髪型です、ジェリーカール。写真は、映画『Coming to America』のキャラクター・Darryl Jenks。)

参考:BuzzFeed "27 Of The Most Important Jheri Curls In History" 

 

おばあちゃん曰く、何回もこんなパーマをあてたせいで、もう髪の毛が「自然にそうなってしまった」、

死んだ時も、おばあちゃんの髪はたしかに生え際から、ちょうどこの写真のようなことになっていた。

 

夢の中でおばあちゃんは、好きだった帽子でチリチリの髪をおさえて、白いシャツを羽織って、

「アイ・カツゥに話がある」

と、私のおばさん(母のいとこ)の名前を口にしながら、カツゥおばさんを探しに空港を歩いていた。

 

「死んだ人たちは、たとえ夢に出てきても、生きている私たちとは話をしてくれない。もう逝ってしまった人たちっていうのは、私たちと違う世界に住んでるからね。」

いつだったか、そう母に言われたことがあった。

おばあちゃんは今日の夢の中でも私に向かって話しかけてくれることはなく、カツゥおばさんの名前を呼んだり、何度も声は発していたけど、その声が私に向けられることは一度もなく、おばあちゃんと目が合うことすらなかった気がする。でもおばあちゃんがそこにいるというあの安心するような感覚は、私の生きている世界では、もう夢の中でしか持つことができない。

目が覚めてからもしばらくベッドの中で、夢で見たおばあちゃんを、おばあちゃんの好きだった帽子とジェリーカールと、羽織っていた白いシャツ、あの立ち姿、またいつでも思い出せるように、何度も何度も思い浮かべていた。

 

ニューヨークに住んでいた頃、当時付き合っていた彼氏が、どうしてそんな話になったのか、彼の死んだおじいちゃんの話をしてくれたことがあった。

 

ある日バスに乗って仕事に向かっていると、途中のあるバス停で、一人のおじいさんが乗り込んできた。

それはどう見ても彼のおじいちゃんで、というか、彼のもう死んでいるはずのおじいちゃん本人に間違いなかった。彼はアメリカ人ぽい合理主義がなかなか大好きで、幽霊とかおばけとか、科学的に証明的できないものの話を誰かがすると、唇の片っぽうだけでふんと笑ったような顔をして、"Well, then I want to ask you......" と、「じゃあ、なぜそれが実際に起こったことだとわかるか説明できる?」と言いたくてむずむずしているような人だったが、このバスに乗ってきたおじいさんが自分の死んだおじいちゃんである、というのは、"I just knew"、ただとにかく「わかった」のだという。

そのおじいさんは一人でバスに乗り、乗車賃を払って、一人がけの席に座り、彼に声をかけることもなければ他の誰に声をかけることもなく、みんなと同じようにただバスに乗って、そしてどこかの停留所で降りていった。たったそれだけの話だが、彼は十数年ぶりに、もう死んだおじいちゃんにこの世界で会い、しばらく同じバスに乗った。

 

ちょうど私がジャズボーカルに興味を持ち始めた5年ほど前、サラ・ヴォーンが、なんとはなしに、自分のおばあちゃんに似ているように見えて仕方なかった。

その頃私は東京に住んでいて、母が台湾から遊びに来た時、ジャズボーカルなんて普段全く聴かない母に、こういう歌を習ってるんだよ、とYoutubeで、エラやサラや、覚えたばかりのベティ・カーターやダイアン・リーブスの動画をいろいろ見せていた。母も母なりに楽しそうに聞き比べたり、ステージ上でのみんなの身振り顔振りを真似したりして、

「この人がやっぱり一番上手ね、ママこの人が一番いいと思う」

とサラ・ヴォーンを指差して言った。

なぜか私はとてもうれしくなって、さっそく言った。

「この人、ちょっとおばあちゃんに似てると思わない?」

母はもう一度、Youtubeの中で歌うサラを見つめて、そして吹き出した。サラの横顔、特に口もと、あのリラックスした感じ、いきなり自分でひゃっひゃっひゃと笑い出すところなど、巻き戻してもう一度再生しては、よじれながら苦しそうな声で笑った。サラの歌っている姿は、祖母が親戚のおばさんの誰かの噂話をしたり、昔あった可笑しいことをもう一度また最初から話してまた昔と同じくらい可笑しくなって笑ったり、昔の悲しいこともやはり同じようにもう一度話して悲しくなったり、そんな姿にそっくりだ。祖母は本人曰く50代後半からブクブクと太り始めたので、体型もそれくらいの年代のサラとそっくり、服の趣味も、サラがよく着ていたムームーみたいなドレスを祖母は「ザーッとした服」と呼び、洋服屋さんでは必ず「ザーッとした服が欲しい」と、『ザーッ』という部分を強調して伝え、お店の人がムームー風ドレスを持ってくるまで、手を上から下に、流れる滝の水のように振っては「こう、ザーッとしたやつ」と繰り返した。

そしてもちろん、髪型も。1988年のサラも、祖母と同じ、やっぱりジェリーカールだったのだ。