イチヂ

Eri Liao(エリ リャオ)ブログ 2020年4月6日 台北

台北は今日も雨。濕冷。

13時間寝た。とても気持ちのいい夢を見て、海が青くきれいで、相模川の河口のようなところをトロッコのような乗りものに乗って風に吹かれて通り過ぎて、幸せだった。

お昼もだいぶ過ぎて、のそのそリビングに歩いていくと、おばがソファに座っていた。

「いいのよ、何かしなくちゃいけないわけじゃないんだし」

と、言い訳じみた顔でもぞもぞする私に笑いかける。老眼鏡をして、スマホを持って、SUDOKUかソリティアか、宝石の種類を揃えて落とす無料ゲームのどれかをしている。うちに来てからというものおばは起きている間だいたいこんな感じだ。あとは薬のせいもあってかほとんど寝ている。おばみたいにかわいい人にニコニコと言われると、それもそうかな、という気持ちになる。何かしなくちゃいけないわけじゃないんだし。

 

ベランダでは母が花殻をほうきではいている。少し前にベランダの端っこのシダの根元にカノコバトが巣を作って、いつの間にかヒナが育っている。毎朝起きてすぐにベランダに出てヒナの様子を見に行くのが私の楽しみになった。ぼさぼさ頭のヒナがだんだんカノコバトらしい顔付きになってきている。話しかけるとヒナは巣の中でぐるぐる体を回し、私の方を見る。少しは認識してくれてるのかな。

 

夕飯みたいな時間に朝ごはんを食べた。清明のお供えだった大きな魚を食べ終えた。私が今日も相変わらず18の頃着てたキャミソール一枚でうろうろしているので、母が「あんたイチヂみたい」と言った。母の故郷のタイヤル部落で、どんなに寒くても服を着ない奴と言ったらタリ・ウインとイチヂ、この二人、それにエリも加われるよ、と言ってひとりで笑っている。あの人たちは服持ってなかったんじゃないの?とおばが言い、母は特に返事をしない。そもそもどうしてイチヂはあんな変わった名前で呼ばれていたのか、おばが母にまたたずねた。

「あの人嘘つきでね、仕事待ち合わせして『私イチヂに来る』って言うからみんな1時に行くけど、一回も1時に来たことないよ。いないよ。だからみんなあの人をイチヂって名前にした」

イチヂは何の仕事をしても長続きせず、いつもふらふらしていて、お腹が空くと親戚の家を回って食べさせてもらっていた。イチヂもイチヂの親戚も、部落の中で特に貧しかった。おばあちゃんが母やおばを叱る時、「あんたみたいに言うことを聞かない娘は今すぐイチヂのところに嫁にやるよ」と口癖のようにいつも言うので、母もおばもイチヂをなんとなく憎むようになり、おばに至っては、ある夜、坂の下を酔っ払って歩いてるイチヂを見つけて、坂の上からいくつも石を投げたと言って可笑しそうに笑った。

「うちの前の坂、あそこの下の方をイチヂが通っていくのが見えて、私思わず、そこにあった石を拾って思いっきり投げたよ。他の子がそうしてるって聞いて、私もそうしようと思って。こんな男の嫁になんて絶対になりたくないって思った。そうしたらあのイチヂ、下から私のことこうやって見上げて『誰がお前のことなんか好きかよ』って怒ったのよ。酔っ払って鼻水垂れてよだれ垂らして、ひどい姿で」

  

洗濯機がピーッと鳴ったので、いつも母が洗濯機の上に置いてる大きな洗面器に洗濯物を入れて、台所の裏のベランダに出て干した。母とおばと私の洗濯物は母の靴下がやたらと多く、和柄だったり、履き口にレースが付いていたり、足袋ソックスだったり、ショッキングピンクのモヘアだったり、すべすべしたシルクの二枚重ねだったり、種類も素材も多種多様で、よくまあこんなに集めたもんだと感心した。実家を離れてからずっと乾燥機を使っていたので、洗濯物を干す作業のいちいちが久しぶりでたのしい。うちは台北の中でもかなり古いマンションで、最近のマンションよりボロいが天井だけは高く、物干し竿がとんでもなく上の方にあり、先端が二股にわかれた長い棒を使って、その二股のところに洗濯物をかけたハンガーを乗せ、うまいこと竿に引っ掛けて干し、全て等間隔に並べて眺めているとちょっとした達成感を感じる。

 

昨日の夜は藤沢のパンセでライブの予定だったが、出られない私の代わりにハーモニカ奏者の倉井夏樹くんが出演してくれて、ファルコンとのデュオをライブ配信するというので、時間を合わせて部屋のノートパソコンの画面で観た。二人が演奏する向こうにガラス越しに江ノ電の灯りが時々さーっと通りすぎていく。会場から知った人のよく知った声も聴こえて、コメント欄にはいろんな人たちの声もあふれて、短い間だったがたのしい時間だった。人の前で歌うことを仕事にしながらその意味がよくわかってなかったけど、そうか、こうやってみんなで集まってちょっとたのしい気持ちになる場所をつくってたんだな、と思ったら、悪くなかったんだなと思った。久しぶりによく眠れてしあわせな夢を見た。

 

今日の夜は母とゴミ捨てに行こうとしたらちょうど、清明節の連休で山に帰っていたいとこが帰ってきた。いとこは早口でよくしゃべるしよく笑うので、そこにいるとにぎやかだが、会社勤めで毎日疲れて帰ってきて「ただいま」と言いながら早足で自室のベッドに直行して倒れこむことの方が多い。今日は玄関のドアを開けて「回來了」と言ったその口で続けざまに、

「さっき帰り地下鉄の駅でマスク付けてない人がいたんだけど、そしたらすごいスピードで職員の人がこうやって前に腕出して歩いて来て、『マスク付けてない人は入れません』って、その人速攻で追い出されてたよ」

と、私たちがさっきニュースで見たのと同じ光景についてものすごく早口で話した。今日から台湾の公共交通機関を利用する場合マスク必須となり、していない場合乗車できず、従わない場合は罰金15000元(日本円で約54000円)が課される。