折り重なって

Eri Liao(エリ リャオ)ブログ 2020年4月8日 台北

おとといも夜は雨だったからか、昨夜の大安森林公園はいつもより人が多かった。最近夜に散歩するようになって、この公園は夜がいいんだなあと気が付いた。母が言うには犯罪防止のために、木と木の間が程よい間隔であけられ、人間の背丈くらいの空間がずっと向こうの方まで見渡せる。

 

名前に森林とついているが、セントラルパークみたいに自然が残されたエリアがあるわけでもなく、この街の中で木が多い場所なので、ということなんだろう。ゆっくり歩いても1時間かからず1周できるコンパクトな公園だ。私が小さい頃、ここには国民党と一緒に台湾へ来た移民たちのバラック小屋が隙間なく建ち並び、干された布団や洗濯物の合間でたくさんの人がごみごみと、室内はそれなりに整然と、生活していた。家々の間に店もあり、人の多い迷路のような通路を行って、朝ごはんの豆漿や燒餅油條を買いに母に連れられて来た記憶がある。安くておいしいと母が言っていた。大事なことだ。母か祖母か、誰かここに友達がいたのだろう。誰かの家でスイカを出してもらった記憶もある。玄関先に外の方を向けて椅子が二つ並べられ、一方にスイカの皿をひざに乗せて私が座り、もう一方にその家の人が座った。通る人や犬を見ながら食べた。

 

電燈はぽつぽつと明るすぎず、歩きながら周りを見渡すと、木々の下、公園内のいろんな散歩道のずっと向こうまであちこちを、人間たちがいろんな方向へ歩いているのが折り重なって見える。私が主に歩くのは、公園の縁に沿って赤土の敷かれたウォーキング又はランニング用通路だ。人が3人通れるくらいの幅の両サイドに背の高い木が植えられているので、前を見て歩けばちょっとした森を歩いているような気分になるし、公園の内側を見ると、電燈の下のベンチで一人スマホをいじる人、夫婦で散歩する人たち、仕事帰りの人、トレーニングウェアの人、犬を連れた人、地面を見ればミミズ、カタツムリ、野良猫、ゴイサギも歩き、速度もみな様々にあちらこちらで入れ違う。屋根のついた東屋ではいつものおじさんが譜面台を立てて、台湾の歌謡曲らしき5音階のメロディをアルトサックスで練習している。まだ初心者という感じで、抑揚がなく、全体的にすかすかと頼りない音でただメロディをなぞるのがかえっていい気持ちに聴こえる。

 

廊下の突き当たりにまだかすかに煙のにおいがする。3日くらい前に母がガスを消し忘れたぼやのにおいが少し壁に染み付いているみたい。母は自分の物忘れがひどくなったのがよっぽどショックだったみたいで、夜中台所にお湯を取りに行くと、電気もつけないまま、真っ暗な中、窓辺にお供えしているお水とお花の前で母が長いこと手を合わせていた。いつも髪をクリップで一つにまとめてあげてバタバタしている母が、肩下より少し長くなった髪を下ろして、足を揃えて静かに立っているふくらはぎを後ろから見ていたら、会ったことのない子ども時代の母がなんとなく浮かんでくるような気がした。

 

都会はもういいかなあと思って引っ越したのに、台北みたいな超都会にワープしてしまった。人が集まってはいけない都会。スーパームーンだというから楽しみに出かけた夜の散歩だったが、ここ数日ずっと曇った台北の夜の空はビルの灯りで赤くうす黒く、月はどこにも見えなかった。