Eri Liao(エリ リャオ)ブログ 2020年4月12日 台北

ヒナは朝までペトレアの枝の隣にずっと寝ていた。窓から覗くと目が合って、枝から枝へ飛び移ってみたりしているのを見てから二度寝した。お昼頃、さすがにもういないだろうと思ってベランダに出ると、なんとまだ同じところでじっとしていたヒナが私に驚いて向かいのマンションの屋上へパタパタ飛んで行った。昨日より上手になったね。

 

道を挟んで、レンガ色のトタンのゆるい三角屋根のてっぺんに一人でいるヒナは、まるで突然自分だけ誰もいないステージの上にあげられてしまった子どものバレリーナみたいで、生えそろった羽で、ひとりぼっちで立ち止まって、じっとこっちを見た。カノコバトの目は黒くてまん丸くて、キョトンとしてるのにじーっと見てるような不思議な雰囲気があって、ヒナもまだ小さいけどしっかりカノコバトの丸い目をしている。少々毛づくろいなどしてから、ヒナはもうひとつ隣のマンションの屋根にしっかり飛び移り、するとこのあたりを居場所にしている白黒まだらで体格のいいドバトカップルがヒナの脇へと飛んできて、そして向かいのマンションの上によく見かけるクロヒヨドリも飛んできた。ヒナは本当はもうひとり兄弟がいるはずだった。「ハトってだいたい卵二つ産むのにね」と母がずっと不思議がっていたが、巣の周りの植木を整理したらこれ出てきたよ、見て、とうずらの卵よりやや大きいくらいの小さな白い卵を私に見せて、両手で挟んで温めるような動作をした後、「栄養になるから」と私の窓辺で小さな赤い花をひとつだけ咲かせている多肉植物の鉢にポンと置いた。

 

今日は最高気温17度と台北の人にとっては真冬のように寒い日で、昨日の夜からずっと雨が降り、玉山では雪が降り、街中でもダウンを着た人が多い。携帯代を支払い、雑貨店で卵を買って帰ってくると、やっと雨が止んで雲越しに夕日がさしてきた。またうちのベランダに戻ってきてブーゲンビリアの枝で休むヒナが日の光を浴びている。やはり17時前には寝るようで、昨日と同じおまんじゅうの体勢で動かずにいる。雑貨店の奥さんはレジを打ちながら「マスクは他の国に寄付するべきよ、台湾はこんなに作ってみんなこうして付けてるんだから」と何の前置きもなく母と私に言った。14日あたり9枚のマスクを買うのにみんな薬局に並び、これではまだ全国民に行き渡ってるとは言えない状態だ、なのに蔡政権はマスクをこの非常時の外交の道具に使って国民の安全と健康を犠牲にしている、と野党の国民党が批判していることに対して憤慨しているのだ。「助け合えばいいじゃない。他の国の人だって人間じゃない。マスクは節約して使えるよ」と、奥さんは自分のしているマスクをペロリと片耳のゴムを外してめくり、内側の針金が入っている鼻が当たる部分の右の方に、ボールペンか何かで4/1と日付が書いてあるのを見せた。鼻と口が当たるところを囲む大きさに四角く切ったガーゼが一枚、外れないよう上の方をぴたりと留めて付けてある。「毎日交換して11日間。你看。まだ使える」と言って、奥さんはまたしっかりとマスクを付けた。

 

コロナウイルスが武漢から蔓延し始めてから、母はまたケーブルテレビを契約し、私たちは毎日リビングのテレビの前でご飯を食べるようになった。感染が広がる世界各国のニュースの中にはもちろん日本についての情報もあり、安倍首相により緊急事態宣言が出されたことに従って日本のAV業界も停止するので、新作は5月6日以降まで出ないそうです、と女性キャスターが声色を変えず天気予報のように伝える。日本と同様、台湾でも夜の店での感染が発見され、社交距離を取るのが困難だからという理由で、酒店(キャバクラなど)と舞廳(ダンスホール)の営業が無期限休止とされた。失業したホステスと行き先をなくした客とは当然直接のやりとりによって経済活動を続けていて、取っ払いのフリーランスとなった彼女たちの仕事内容と料金相場を、女性キャスターは声色を変えず、意味ありげな間を作らず、天気予報や交通事故のように早口で報じる。中国語は全てが漢字の言語、世の中の全てが漢字とその音により表され、漢文が長く教養の証であった日本文化の中に育ってきたこともあるのか、私には「キャバ嬢」よりも「女公關」の方がひとりの尊厳を持った人間が選択する職業の一つらしく見え、聞こえる。もしくはせめてその建前が見え、聞こえる。

 

妊娠検査薬が過去にない売れ行きだというニュースもあり、画面には空になった薬局の棚、様々なメーカーの妊娠検査薬のパッケージ、女性にはおなじみのあの体温計のような形で真ん中の丸窓にくっきりと縦の線が表示されたテストスティックと呼ばれるもの、そしてちょっと困惑したような表情でコメントする薬剤師が映し出される。続けて、SARS後の台湾では経済的不安から出生率が落ちたというグラフを見せながら、専門家が「おそらく台湾の親たちは妊娠しても出産を選ばないだろう」とコメントした。私たち人間みんなの欲望はどんな形でどこへ潜っていくんだろう。