曬太陽

Eri Liao(エリ リャオ)ブログ 2020年4月17日 台北

そろそろここを野鳥ブログにしてもいいかなと思うくらい鳥ばかり見ている。人を見ていても心が安まらないが、鳥は安まる。地上7階からのこの景色も、畳みかけるようにビルばっかりで空もあんまり見えないしと息苦しく思っていたけど、そうでもないかもと思うようになった。巣立ったカノコバトのヒナがすっかり自分で飛べるようになって、どこにいるかなと、ここから見える建物の屋上を一つ一つ眺めてヒナの姿を探すようになり、そうしてやっと気がついたのだが、台北の空中の、私が引きこもって暮らすこの家のベランダから見える層には、すごくたくさんの鳥がいるのだった。人間は誰かが洗濯物を干したり取り込んだりしている以外、道を見下ろさなければほとんど姿が見えないが、鳥は常にいる。声も聴こえる。しかもかなりいろんな種類だ。7階には7階の世界があるものだ。よくこんな高いところにと思うが、蝶も時々飛んでくる。 同じ台北と言っても地上を歩くのとはまた違う構成員が台北の空中に暮らしている。

 

鳥たちは、ビルの屋上、マンションのベランダ、そこにある植木、手すり、給水タンク、屋上へ出る壁付きのハシゴ、アンテナ、庇、そんなところを転々と飛び回り、どうやらみなそれぞれお気に入りの場所というのがあるようだ。だいたい同じような時間に同じ場所に同じような鳥がいるから、思ってるほど鳥は自由に空を飛んではいないのかもしれない。毎日同じようなところで見かけるのでだんだん顔見知りになってくる。向こうはどう認識しているのか知らないけど、よく目も合うし、きっとお互いになんとなく「あ、あいつだ」というくらいの顔見知りの感覚。特に白黒まだらのドバトは個体によって模様が違うものが多くて、ああ、あれはこの間のあの、とすぐ判別できるだけに、行動も気になる。あんまり美しいとは言えない色合いで、鍛えすぎた筋肉バカみたいな体つきであんまり好きになれなかったが、向かいの庇でまだらで大柄同士のカップルがくつろいでいるのを何度も見ていると、だんだん愛着が湧いてくる。鳥たちの「くつろいでいる」という状態がわかるようになってきた。今まで鳥って、止まるか歩くか飛んでるかエサをつっつくか鳴いてるかくらいしか見たことなかったが、1日の時間の多くをこの「くつろいでいる」という状態で過ごしていることもわかった。考えてみればそりゃあそうなんだろうけど、完全にリラックスしている状態のドバトを、こっちものんびりした気持ちでぼんやり眺められるようになるまで気がつけなかった。投げられたパン屑に首をひょこひょこ急ぎ足でがっついたり、地上では高貴な雰囲気を感じられないドバドだが、屋上で太陽の光にあたりながらゆっくりゆっくり羽を広げている姿は、圧倒的に優雅だ。羽というのは体から離れてあんなに大きく美しく模様を広げていくものだとは知らなかった。 公園のドバトも王様の孔雀も同じ。

 

カノコバトのヒナは相変わらず着地が下手で、ドドドドタバタバタバタッといろんな植木の枝や葉っぱにぶつかりながらうちのブーゲンビリアの枝に戻ってくる。 日が暮れる少し前にはいつもそこに留まって、羽の下に隠れたうぶ毛を一生懸命くちばしで引っ張っている。 しっぽも少しずつ生えてきた。ちゃんと生え揃ったらバランス良く着地できるようになるのかな。しっぽのないヒナを見ていたら、お母さんバトのしっぽがすごく気になるようになった。ハトのしっぽってあんまり意識したことがなかったけど、思ったより随分長くて、普段は重ねて閉じているしっぽの羽は90°くらい扇子のように開く。鳴く時は口を閉じたまま、胸をふくらませて、喉を鳴らしているみたい。飛びながら、ぽぽぽぽぽ、とぶつぶつ言ったりもする。カノコバトの鳴き声は日本でよく聴くハトのとも違う。「まだ朝早いのに『トゥーリャッカロー、トゥーリャッカロー』って、すぐそこで何回も鳴いて、あれ結構うるさいよ。昨日全然眠れなくて、明るくなってやっとああ眠れるっていい気持ちになったところだったのに」と、日本にいる私に電話をすると母はいつも文句を言った。ハトが枕元で「もう起きる時間だよ」とタイヤル語で言うのが気になって仕方ないというのだ。へえと適当に聞き流していたが、ここに来て聞いていると確かにそう言っている。ヒナはまだこの鳴き方ができないみたいだ。昨日は母が用意したエサ皿の縁に飛び乗ったと思ったらバランスを崩して皿ごとひっくり返し、慌ててまたブーゲンビリアの枝にぶつかりながら戻って、お母さんバトにひーひーひーと小さな声で泣きついていた。

 

今朝またおばの彼氏がおばを迎えに来て、私がシャワーを浴びている間に「エリに私行くねって伝えてね」と母に言い残しておばが去った。彼氏も子ども家族と同居しているので、彼氏がそろそろ家に帰らないといけないタイミングで、おばも自分の娘家族と過ごし、みんなが学校や仕事に戻る頃またこの家へ戻ってくるんだろう。「ずいぶん体調よくなってきたみたい」と昨日の夜、ご飯を食べながらおばが言った。おばを見て久しぶりにお化粧したのかなと思ったのは、お化粧のせいじゃなくて具合がいいあらわれだと思うと嬉しかった。きれいな人がきれいだとそれだけでうれしい。おばに関しては特にそう思う。「先生からよく陽に当たるように言われた」と言って、昨日、うちに来てはじめてベランダでしばらく曬太陽していた。それまでおばはいつも母がベランダに出ようとすると「落ちそうで怖いからやめて」とお願いしていたらしい。4階の人が数年前屋上から飛び降りて亡くなった。私の小さい頃も、お隣さんが飛び降りて亡くなった。昨日の台北は日中33度もあったのに、おばはウールのセーターにダウンベストを着て日向に座って、さすがに暑かったのか、どんどん脱いで最後はヒートテック1枚になった。

 

右上唇にできた口内炎が猛烈に痛い。