島ふたつ

Eri Liao(エリ リャオ)ブログ 2020年5月6日 台北

調子に乗っては体調を崩すくりかえし。私はこりないなあ。今日はちょっといいかしら。これはさっそくまた調子に乗っているのかな。

 

昨日の台北はとっても暑かった。ここ3日ほど33、4度の日が続いていて、続けば続くほど暑くなってくる。ニュースでは南投で38.3度だと言うので、ますます暑い気分だ。家の中にずっといるのが耐えられなくなって、前から公園に行く途中に見かけて気になっていたカフェに出かけた。入り口にはメーデーの連休後はマスク着用と手指の消毒が必須だと台北市から言われているからみなさんそうしてねとメモ書きがあり、紐にぶら下がった消毒スプレーがぶらぶらしている。広々したテラス席があり、中も広々していて気持ちがよさそうで、猫が1匹、席の間をゆっくり横切っていくのが外から見える。このカフェの床は私の好きな磨石子地板で、ちょっと古めの建物でよく使われている、とにかく台湾中どこにでもある典型的な床材なので、きっと安くて耐久性があるのだろう。白、灰色、まだら、黒、緑がかった黒など大小の石をコンクリートに混ぜたのを磨いて平らにしているので、ちょっとピカピカした灰色コンクリートの地にさまざまな石の断面が模様のようになっている。昨日、新しい服を着てその広々した磨石子地板のカフェに行って、カウンターの端っこでのびのびといろいろ読んだり書いたり考えたりして、時々どこかで猫がみゃあみゃあ鳴いているのが聞こえて、ほどよく涼しくてコーヒーも美味しく、とってもいい思いをして、お会計をして、帰りにスーパーできゅうりとミニトマトとオクラを買って家に戻った。部屋でカバンを降ろし、なんとなくそわそわするなと思うやいなや、体の奥から突然逆毛が立ってくるように、暗く切羽詰まったような熱と寒気の両方が、濁流の勢いでもうもうと右目下まで一気に押し寄せてきた。私が発作と呼んでいるタイプのじんましんだ。こういう時のじんましんは大判で、今回は私の右目の下に、ふくらみが二つ、大きな地震の後に急に海上に現れた小島のように、こつ然とできた。暑い日だったせいか、鏡にうつった自分の顔を眺めながら、この島に小さなヤシの木が一本ずつ立っているのが見えてきそうだなあなどと思った瞬間、今度は急激に後頭部から目の前が真っ暗になるかのように、再びあの熱と寒気が私に襲いかかって、なんとか正気を保とうと部屋の中をぐるぐる右往左往し、ついにどうしようもなくなってタオルをつかんで浴室へ行き、がたがた震えながらシャワーを浴びた。流水をなるべくやわらかくしてその下に立っていると、少しなだめられるようで心身が落ちついていく。憑きものがふるふるおさまっていくような気配が感じられたので、シャワーをとめて、あがって服を着て、キッチンではと麦の入った緑豆湯を一碗食べて薬をのみ、まだずいぶん早かったが横になった。病気は力だとよく言われるが、こんなにも直接的に私を突き動かすものがあるとしたら、それはたしかに力なんだろう。私の外と中が出会って反応して私の中に湧き上がる制御できない力。その力が私から波のように引いていくと、残された私はぐったりと動けなくなる。「エリがヤキみたいになっててびっくりした」と純粋な驚きと心配の混ざった顔で母が言った。ヤキとはタイヤル語でおばあさんだ。一度ためしにあの力がもうもうと私を支配するままに、そのまま私自身が、小さな島ふたつ生まれるほど大暴れしてみたらどうなるんだろう。

 

今30度なのがもはや涼しく感じられる。もうすぐ雨が降りそうな曇り空が朝から続いている。

 

機内持ち込みサイズのスーツケース半分ほどの冬服しか荷物に入れてこなかったので服がなく、持ってきてたキャミソールと引き出しに見つけたおばあちゃんの薄手のピンクのまあるいひまわり柄半ズボンばかり毎日着て、とてもラクちんだ。着道楽だったおばあちゃんが市場で3着100元の夏用の柄違いの半ズボンを買ってきて、母とおばに1枚ずつあげて、一番気に入ったこの柄のは自分の部屋着にしていたらしい。どこへ出かけるわけでもないので、私は最近家の中でも散歩するのも寝るのも市場もスーパーもこの格好で、ああなんてラクなんだ、と思ってしあわせに過ごしていたら、「あんたが毎日その格好でうろうろしてるのもう耐えられない、家の中でも外でもいつもそればっかり着て、哪有這樣的」と母にまくし立てられ服屋へ連れて行かれた。私は美しい服や仕立てのいい服をあれやこれや着るのも、いつも決まった適当な服で適当に過ごすのもそれぞれに好きだが、母親としてはまた別の想いがあるんだろう。母もさすがに私のことをわかっているもので、おじいちゃんの服を買いに行くから一緒に来てくれない?、とまず声をかけてきた。服を買えと言っても私が聞き入れないのは予想がついたらしい。そういえばおじいさん用の服ってどんなところで買うんだろうと興味を持ってついていくと、着いた先は台湾で言うところのZARAのようないわゆるファストファッションの大型チェーン店で、ちょっと意外に思った。この店はいつ見ても空いている。大量に重なって並んだ服の数々を見ていると、悪条件で休みなくカンボジアあたりの工場で働かされる女性たちが頭に浮かび、と同時に、その安さについつい心がおどって「ねえねえ、これ119元だって」と母にうきうき話しかけている。3階の男性服売り場でおじいちゃんのシャツを数枚見繕い、2階の女性服売り場へ降りたところで、母が「ちょっとのぞいていっていい?」と私に聞いた。あんたいつも同じ服で・・とまくし立てられたのは、私もなんとなくスカートなんかを物色し始めたその時だ。縫製工場で劣悪な待遇で働く人たちへの罪悪感と、40にして母親の世話になっている罪悪感と、目の前の母の私にたまには違う服を着て欲しい願望と、目の前で叩き売りされている服の山と、結局私は目の前のものにふらふらと、夏服を上下1着ずつとワンピース1着、そしてサンダルまで母に買ってもらって、せめて買い物袋は自分で持って歩いて帰った。罪悪感と言うが実は、久しぶりに洋服屋さんで母と二人、あれがいいとかこれがいいとか、それはババくさいとか、それはおじさんのパンツみたいだとか、こんな服えり昔着てたね、とか、これおばあちゃんが好きな柄だよね、そうだよこんな感じの水玉の何着も持ってたよ、とか、そんなどうでもいい話をしながら服をさわって歩き回るのが、たのしかった。

 

雨が降ったら帰ろうと思っているのに、なかなか降らない。今日の台湾の新規感染者は1人。イギリスからの帰国者だ。国内での感染は24日間発生していない。天気予報のようにチェックするようになってしまった。