520

Eri Liao(エリ リャオ)ブログ 2020年5月20日 台北

今日は台湾の蔡英文の任期2期目の就任式とのこと。防疫を考えて式典を縮小し、就任演説は屋外の芝生の上に椅子を並べてあっさりやっていたのが、かえって開放的ですがすがしい雰囲気だった。今回の内閣はずいぶんオジサンばかりな印象。

 

私は台湾の国家行事をテレビで見るのがけっこう好きで、今日も朝の9時からの中継を見たいところだったが、ちょうど先日のエアコン工事のつづきで内装屋さんの羅先生が家に来たので、作業が終わるのを待って羅先生と母と私とリビングでおしゃべり。うちのような原住民の家族はなかなか漢人の友人をつくるのが難しいが、この人は元々おじ(母の弟)の学生時代の友人で、今ではすっかりうちの家族の友人になっている。母はこの人に頼んでリフォームもして、そういう大がかりな作業で人数が必要な場合は、羅先生のところで雇っている中国人など数名のチームで作業をしに来るが、昨日は、先日のエアコン工事の際、取り付け用の穴からコンクリートの壁にネズミのおしっこ跡があるのを発見した、その処理の仕上げをするために一人でやって来た。羅先生は髪の毛がほとんど無くなって、昨日はちょうど真っ赤なTシャツを着ていたので、アメコミに出てくる真っ赤なあかちゃんデビルみたいだった。いつもとっても腰の低い人で、うちに入る時も出ていく時も、作業を始める前も、終わってお茶を出される時も、飲み終わった時も、にこにこと細い目で拱手(三国志で見るような、拳をもう片方の手でくるむ中国式挨拶)をしながら「感謝、感謝」と何回でもくり返す。それでいて自分の考えがしっかりある人で、のんびりとおしゃべりしていても、私や母が話す内容がおかしいなと思えばすぐに「不是」と、はっきりこちらの目を見て、いやいやそうじゃないんだよと伝える。逆にこちらが話すことに賛成している場合は、細い目でにこにことこっちを見て、時々エヘヘと声を出して笑う。羅先生のところも、このコロナ騒ぎで新規オープンするカフェやホテルの客室リフォームの内装の仕事など、随分多くがキャンセルになってしまったそうだ。でも空気がきれいになった世界の映像が見られてよかった、と言う。台湾がいかに無計画な開発でこれまで自然を破壊し続けてきたか、山の上にずらりと並ぶ高層マンション群のバカらしさ、住むところは足りているのに投資目的でそれを買う人たち、許可すべきでない建築計画にも収賄で目をつぶり、私腹を肥やす官員たち、山と木がなくなり、梅雨に雨が降らなくなった町、暑い日が増えて扇風機だけでは暑さをしのげなくなった生活。そんな話をして、そろそろ同業者の仲間と会議があるからと立ち上がり、今日は520、総統の就任式だね、你們女強人的時代啦、あなたたちのような強い女性の時代だよ、と笑って、拱手を何度も振りながら、羅先生はエレベーターに入っていった。

 

夕飯時のニュースで、就任式の映像が少し流れた。日本の首相の就任式ってあまり記憶にないけど、台湾のは楽しい。日本のように天皇もいないし、「まつりごと」としての儀礼の部分が政府の行事の中に残っているので、就任式と言うより、就任の儀。こちらでは<520就職>という大学生の就活フェアみたいな言い方がされるけど、それもかえって演劇みたいでついつい見たくなる。私はこの就任の儀の司会というのが特に好きだ。典礼は司会進行係が二本立てになっていて、ちょうど大相撲における行司(かけ声担当)とNHKのアナウンサー(中継担当)がいるような感じ。総統をのせた黒塗りハイヤーが総統府に着き、ドアが開いて蔡英文が出て来た瞬間、「おな〜り〜〜!」と言っているのだろう、画面に映らないどこかからかけ声が聞こえてくる。総統府の美しい白亜の階段の前には、赤絨毯に沿って衛兵たちがズラリ整然と並んでいる。今日は制服の仕様が2色あって、黒、黒、白、黒、黒、白、と並んでチェスの駒のようだ。総統の蔡英文を先頭にした列が近づいてくると、号令がかかり、衛兵たちは「やすめ」の足を開いたポーズから、銃を抱えた「気をつけ!」になる。階段には明るい紫色の大振りの花がたわわに咲いた胡蝶蘭とヤシの葉がふんだんに飾られ、総統たちはその間をどんどんのぼっていく。また号令がかかると、列が通り過ぎていった後ろの方から、ゆっくりで硬いウェーブのように、衛兵がタイミングを揃えて、ビシャッ、ビシャッ、といちいち音を立てて銃を下ろし、やすめの体勢に戻る。総統たちは就任式の行われる部屋に入って着席し、いよいよ就任の儀が始まる。

 

「典~禮~開~始~~〜」

 

総統府典礼科の司儀のかけ声が響く。ちょうど行司が「せん〜しゅう〜らく〜〜」と間をのばして言うような感じだが、最後の音の処理のしかたが全く異なるのが聞きどころだ。おなーりーも、千秋楽も、言葉尻は音程がゆるやかに低くなっていくので、通常の会話の強調して発音するとこうなるのかな、と思うが、この典礼科の司儀の場合、最後の音の音程が、日常会話ならここかな、というあたりより随分高いところから始まる。そしてゆるやかにさらに上がっていく。最後の音なので長く引きのばし、その結果一番耳に残って、私はいつもこの上がっていく上昇感にワクワクするが、母はどうも好きになれないらしい。「この人ちょっと耳おかしいんじゃない?」と今日も司儀に文句を言っている。

 

就任の儀で私がもう一つ好きなシーンは、総統が巨大印鑑をもらう儀式だ。邪馬台国で卑弥呼たちが金印もらったようなことだから、漢民族ってこんなことを今に至るまでもう何千年もやってるのかと思うと恐れ入るというか、立派な印鑑をあげたりもらったりするのがみんなよっぽど好きなんだろう。國璽と呼ばれるこの巨大印鑑はふたつあり、両方とも玉(翡翠)が使われていて、ひとつはまだらな緑色、ひとつはベージュの混じった白。どちらも3〜4キロあるそうで、蔡英文も重そうにヨイショと受け取る。もちろんこの印鑑授与の場面になると、司儀がそれぞれ璽の名前を、部屋のどこかから珍しい鳥のような声で啼き叫ぶ。

 

私が司儀のファンになったのは前回の蔡英文の1度目の就任式の時で、この司儀は私以外にも多くの人の注目を集めた。というのも、この人はとても声が大きかった上に、最後の音を叫ぶ時、しばしば声が思いっきりひっくり返ってしまって、思わず吹き出してしまうのだが、これはむしろ潔いのだ。2016年の総統就任式での派手なひっくり返り以来、この司儀はお茶の間で破音哥(裏返り先輩)と呼ばれたりしたが、その後しばらく存在を忘れられていた。だがまたいつかの国家行事の時、「唱〜國〜歌〜〜〜〜!」と国歌斉唱のかけ声を担当した司儀が、ニワトリのように声がひっくり返ってしまったと思ったらそのまま、ゆるやかにどんどん音程を上昇させていった。「この声は裏返り先輩だ!まだいるんだ!」とみんなで笑って喜んだりした。

 

ちなみに今日5月20日は総統就任式の日でもあるが、台湾を含む中国語圏で、520は愛を伝えるバレンタインデーのような位置付けの日なのだそうだ。今は懐かしきポケベルの時代、メッセージで文字を送ることができず、数字しか送信できなかったので、人々は「我愛你」と送る代わりに、それに発音の近い数字を並べて「520」と送ってアイラブユーを伝え合っていたという。そんなわけで毎年5月20日は「我愛你」の日。しかも今年は2020年5月20日ということで「愛你愛你我愛你」の日、愛して愛してたまらん日になって、台湾でもたくさんのカップルが入籍したらしい。みんなおめでとう、末永くどうぞお幸せにね♡