五行

Eri Liao(エリ リャオ)ブログ 2020年5月21日 台北

今日は一日雨が降って、梅雨らしい日。しばらくこっちにいたら、27度くらいでも涼しいなと思うようになってしまった。そういえば小学生の頃、夏休みの日記帳に「きおん28ど」とよく書いたな。窓の外にはベランダのあっちとこっちでカノコバトが2羽、雨宿りしている。雨の日は鳥もこうやってただじーっとしているんだなあ、と私もじーっと眺める。雨音の向こうからどこかで小さな鳥が鳴く声が聴こえる。うちのハトたちは雨の間はほとんど鳴かない。雨粒に濡れたくないのか、首を縮めて丸っこくなっているのが可愛らしい。

 

私の方もどうも出かける気がしないので、ずっと家で過ごした。おかげでこの間古本屋さんで買った中国医学の本をゆっくり読めて、とてもたのしい。本草綱目って「中医監修!アレルギーに効く薬膳」なんて本と一緒に並んで本屋さんに売ってるものだと知ってびっくり。さすがに本格的すぎて手が出せないので、もっと読みやすいものを買ったが。私の両目も、この間大学病院で救急にかかってから1週間経ってずいぶん落ち着いたので、なんとか火事も鎮火できているような感じなんだろう。じりじりと奥に燻っているのは、もう一度中医に出直して気長にやっていこう。また市場をのぞいて帰るのも楽しみだし。病人の小さな贅沢。

 

こちらにいると、その辺の誰もがプチ中医師みたいなのでおもしろい。あの食べものは「寒」だからあなた今食べない方がいいわよ、とか、女の人はとにかく「補」した方がいいのよ、とか。中でもみんながよく言うのは「火氣大」というやつで、ちょっと唇が乾燥していると火氣大、口内炎ができると火氣大、吹き出もののできた人を見つけては「あなた火氣大なんじゃない?」とひとこと言って、誰かのイライラのとばっちりを受ければ「あの人火氣大すぎるのよ」。この間私も口内炎ができて、そういえば口内炎って中国語でなんて言うんだったか忘れてしまったなあと思って、そばにいたおばに聞くと、「火氣大よ」と言う。「そうじゃなくて、ちゃんとした病名っていうか・・・○○炎とかさ」ともう一度尋ねてみても、「それが火氣大なのよ」とくり返すので、まあそういうことか、私も火氣大なのか、ととりあえず受け入れた。

 

中国医学は食べものと直結していて、心身の状態によって食べるとよいもの、食べてはいけないものがある。もちろん様々な状態が時に矛盾しながら変化の中で組み合わさっているのが人の心身なので、○○を食べれば誰でもガンが治るとか、毎朝△△コップ1杯で免疫力アップとか、そういう単純なことではなく、刻々と変化していく雲の色かたちや畑で日々成長する作物を眺めるかのように人間の心身を観察し、その時々の人間が、その時々の空と大地の間にある自然の中の一つの小宇宙として、どのようにこの世界とより調和した状態であることが可能か、そこを目指す上での一つのやり方が「食べものと直結」なのだそうだ。北京出身の中医の友人に「これが古代中国からの思想全ての基礎で、中医ももちろんこの思想の中にあるんだよ」と教えてもらった時、私はとっても感動したのだった。

 

とはいえ、食べもの&健康についての安易なキャッチフレーズはみんな大好きだ。これに踊り踊らされ一喜一憂する、それすらも好きな人であふれているのは、日本も台湾も一緒。しかもこちらは何しろ歴史が長いので、みんなこういうのがもっと熱狂的に好きなんじゃないかとよく感じる。とにかく万物が陰陽に、そして五行にわかれているので、当然あらゆる食べものも陰陽に、そして五行に分かれており、それらの食べものを同じように陰陽五行の間をただよう現在の自分の体に取り入れて自然世界と調和をはかる・・・と書いているだけで気が遠くなりそうだが、みんなこれをそこそこ厳密に生活レベルで実践している。たとえば食事の際は各テーブルに、あなたもちゃんとこの掟を守っているか、頼んでもないのに見張ってくれている監視員のような人が最低一人いると言っていい。一緒に食事をしている全員が監視員だったという場合もある。日本では最近自粛警察という言葉が生まれているようだが、この監視員たちも言ってみればごはん時に登場する自粛警察みたいなものかもしれない。日本の場合みたいに、どこかに通報したり、丑三つ時によその家に匿名の怪文書を貼り付けに行くわけではなくて(いや、そういう人がどこかにいてもおかしくないかも?)、基本的には直接当人に言う。ものすごい直接的だ。「ちょっと、あなたその顔、ニキビ。すごいよね? この麻辣鍋、ぜったい食べちゃダメ。え?もう食べちゃったの? 今すぐその箸置いてください。こんなに悪質なニキビができるって、あなた体質が『燥熱』よ、麻辣鍋なんて一番食べちゃいけない。『上火』してそのニキビ、もっと悪化してもっとひどくなるよ。あなたは何か他のもの頼まないと。私が探してあげる」と勝手にメニューからこちらの食べるものを選んで注文しようとしてくれるのは、よくある光景だ。これはここでは親切のひとつの形なんだと思っている。このタイプの監視員は、同じテーブルにいるあなたの不調を探し出すと、食べてはいけないものを食べようとしているあなたを現場で捕まえて、その食べものを取り上げ、水を得た魚のように活き活きと、ありったけの知識を動員してあなたと世界の陰陽五行バランスを整えるべく、積極的に動いてくれる。いわゆる余計なお世話というやつなんだろうが、見ていて結構おもしろいし、私はそこまで食べものに執着もないので、せっかく選んでくれたならじゃあそれを食べてみようかと思える。かく言う私も、ついに中医の本をたのしく読むようになったので、このまま近い将来陰陽五行警察になってしまわないよう気をつけなくちゃ。

 

じーっと雨宿りしてたと思ってたカノコバトがいつの間にかいなくなってる。この家で聴く雨の音は、外で聴くよりずっと大きくて、いつも大雨みたいで外に出るのがますます億劫になるけど、雨の音って屋根のある場所で聴くにはとってもいいものだ。これから数日雨が続くようで、南部は早くも水害の季節、明日は道路が膝くらいまで浸水するので注意してくださいと天気予報で言っている。湿気でじっとり空気が重い。