のどかな

Eri Liao(エリ リャオ)ブログ 2020年5月23日 台北

朝から午後まで雨。夜にゴミ捨てに出ると、すっかり雨が上がっていて久しぶりに地面が乾いている。何日も雨が続くと言われてその気になっていたが、意外に早く上がってしまった。

 

10日ぶりに中医に行って、かくかくしかじか、先日救急にかかった時のすさまじい顔の自撮り写真など見せながら一部始終を話して、また薬を処方し直してもらい、鍼を打ってもらった。脈診だけでも自分でできるようになったらいいなあ、とうらやましい気持ちで私の手首に当てられた先生の三本の指先を眺めた。自分の脈を毎日観察してみたら私もそのうち少しわかるかしら。今朝は母も東門で買い物がしたいと言うので、一緒に家を出て、市場のところまで一緒に歩き、私が診察してもらっている間に母は買い物を済ませて、「市場の中のセブンのイートインで座って待ってるね」とラインがあった。荷物持ちが来てくれるということで、母は普段よりずいぶんたくさん野菜を買いこんでいて、迎えに行くとすでに私が持つ用の荷物がいくつかの袋にまとめてあった。葉野菜は雨のあたったところからすぐにいたんでしまうので、売りものになるものが少ないし、今後しばらく雨が続けば収穫できないというので、葉のやわらかい空芯菜、大陸妹、A菜などと呼ばれる球にならないレタスの一種、雨水が中に入り込みやすいキャベツなんかはずいぶん値上がりしている。雨だったが土曜日なので人出も多く、若い人たちのグループやが家族連れが目立って、相変わらずマスク姿の人が多いが、それでも愉しげな雰囲気がある。平日の朝の東門は、アドレナリンの漲る百戦錬磨の女性陣が群がる中に、メモ片手におつかいしながら混乱して家の女性に電話する男性などちらほら、その中を負けじと分け入ってお店の人とやり取りするのもたのしいが、こういう休日のちょっとのんびりした市場を歩くのもたのしい。傘と傘が、お店のテント屋根とテント屋根が混み合って、お昼を過ぎると雨も激しくなり、足元がずぶ濡れになった。市場を出てきたら母も私もお腹が空いて、帰る途中にある湯圓屋さんに寄って、母は雞絲餛飩麵を、私は鮮肉湯圓を頼んだ。こんな道端のざっくばらんなお店でも、注文する時にはお店のおばさんが母と私のおでこに額溫槍を当てて体温を測った。

 

夏が近付いてくると、家にアリが増える。日本でよく見るアリより小さく、体が赤みがかっていて、触覚が長く、動きがとにかく早い。私のノートパソコンにも、毎日2、3匹、キーボードの隙間から中の方へ入っていこうとするのがいて、見かけるたびに指でつぶして仕留めるのが長年癖になっているが、最近、アリを殺すたびに思い出す詩がある。書いた人の名前も思い出せない詩なので探しようもないが、この詩の中で、女の人は「ああ、また来た」と何気なく虫を殺す。いつもそうしているように。でもこの時ばかり、この女の人は虫を殺した直後、ハッと考えてしまうのだ。どうして自分は虫を殺したのか。殺していいのか。殺した自分に問いかけて、女の人は自分に、「鬱陶しかったから」と答える。鬱陶しいからという理由で、その時自分にとって鬱陶しかったという理由だけで、自分は何かを殺していいのか。あの詩の中の、自分に呆然としてしまった女の人のことを、台北でアリを潰すたび私は思い出す。このアリたちはすばしっこくて、動き方が直線的ではなく、常にこちらの予想していなかった角度でどんどん高速移動して逃げ回るので、殺す側としては大変やりがいがある。軽く押しただけでは指を離すとまた動き始めるので、集中して、素早くしっかり捕まえて潰さないとうまく仕留めることができない。動き回るアリたちを無心になってひとつひとつ潰していると、快感に近いような静かな感覚がある。25歳でこの家に戻った時、私はこのアリ潰しにはまった。母が殺虫剤を買ってくると言うのも、私がやるから大丈夫と断ったほどだ。今はアリの巣ごと駆除できるエサのようなものがところどころに置かれてあるので、以前ほど次から次からアリが出てきて這い回っていることはないが、それでも時々出てくるアリを、私は潰して殺している。あの詩を読んでから、気がむくと1匹くらい逃してやるようなこともするけど、キーボードの隙間からパソコンの内部に入って行ったら基盤のどこかがおかしくなって本体ごと壊れてしまうかもしれないし、このMacBookも買ってずいぶん経つから、修理も難しくて新しいのを買わなきゃいけないとなったら高い。それが私がアリを殺す理由だ。でも今ここにパソコンがなかったとしても、ここをアリたちが数匹通って行けば、私はなんの気なく潰すだろう。なんとなく邪魔だから。目障りで気になるから。鬱陶しいから。

 

ゴミ捨てのついでに、近所のペット用品店に、猫の爪とぎ用のおもちゃを買いに行った。いとこのところの子猫がそろそろ産まれて2ヶ月経つのでもう母猫のお乳も飲ませなくていいそうで、近日中に引き取りにいくことになっている。子猫は全部で5匹いて、母は他より毛が長くておっとりしたオスの仔猫を欲しがっていたが、同じのに目をつけた姪っ子が先に引き取りに来て連れて帰ったらしい。それ以外の3匹も早くからすでに引き取り先が決まっていて、うちには誰にも選ばれなかった子猫が来ることになった。どんな奴だろう。

 

ペット用品店のある永康街のあたりは今日も相変わらず人が多い。台湾のお店一般は、開店が遅いかわりに閉店も遅く、服屋、パン屋、果物屋、本屋など、夜の10時くらいまで開いているところが多い。お店に入ると「らぁしゃいませ〜」とこちらでよく聞く訛りの日本語で、まるで和食のお店かのように挨拶された。日本のペット屋さんの台湾店というわけでもなさそうだが、ここは品物も日本製がたくさんあるし、猫たちがちゅ〜るを好むように、ここの人たちも日本のものが好きになって、しまいには日本語で挨拶してみたくなったのかもしれない。青いくじらの絵が描いてあるくじら型のガリガリと、緑色のうんちスコップを買った。それ以外は、トイレも、数年前の猫砂も、咪果(ミーちゃん)が使っていたお下がりがまだ残っている。

 

鳥を眺め、脈をとり、アリを殺し、猫をもらう。私ののどかな土曜日だ。