歌ってとった

わかってはいたけど毎日愛之助ざんまい。家族が集まっても猫の話ばかり。野良だったみーちゃんと違って、愛之助は人の家で生まれて、ずっと人に囲まれているからか、人のそばにいるのが好きみたい。今もそこに寝ているのですよ。そろそろ中医に行かなくてはいけないのに、愛之助がかわいいし、外は雨がすごいし、なかなか出られない。中医は、あなた近所なんだからちょくちょく来て様子を見せてと言って、薬を3日分しか出してくれない。たしかに私の調子を見て薬の配合をちょいちょいと変えているらしく、けっこう味が変わる。

 

去年ゲストで参加した東大のゼミが今年もあるというので今朝はそのミーティング。zoomにもちょっと慣れてきたかも。こういう形で知った顔を久しぶりに見ると、そうだった、この人にはこんな特徴があったな(前髪が目にかかりそうだった、とか、会話の途中でふっと止まる、とか)と画面越しにひとつひとつ思い出せるのが楽しい。それにしても学生だった頃の私はあんなに学校に行けなかったのに、今見ると学校って、面白そうな大人たちが面白そうなことしてる場所だったんだな。18の私には全くどうでもよかった。大人になりたいと思って、興味もあったのに、そこにいる大人たちからは離れたい離れたいと思っていた。あの位の頃に元気にポコポコ子どもを産んで、今くらいから若い人たちに混ざって学校へ通う方が私にとってはきっといい順番だったんだろうけど、まあ何を今更。

 

ミーティングの後は、愛之助のエサを水でふやかしている間に自分もお昼ごはんを食べて、そしてバイトのミーティング。同じzoomミーティングでも、こっちはお互い思い入れがある相手ではないので、顔を見て話したいとも思わないし、メールより話が早いからお互いに声だけ、画面共有しているエクセルファイルをざーっと見ながら、ばばばばっ!と話して終わる。なんて気楽なんだ。パジャマだし。たぶん向こうも。今日は声の主からフィードバックをもらっていると、その向こうからカチャカチャッという音と誰かの口笛が聴こえてきて楽しかった。それ以上先の想像をしないでいられる相手なのも気楽でいい。

 

愛之助はベランダの鳥の声に興味があるみたいで、私の机によじ登っては、そこから窓のヘリに座ってじっと網戸の向こうを眺めている。本来の主食だもんね。カノコバト、タイワンオナガ、シロガシラ、クロヒヨドリ、メジロ、名前がわからないけどあの小さな小さな私の親指くらいの鳥。そのうち愛之助が大きくなってベランダにも出て行くようになったら、どんなことになるのか。この間まで昼間からキャッキャキャッキャ鳴いて、壁を自由に走り回っていたヤモリも、心なしか鳴く回数が減っている。あのヤモリの先祖はミーちゃんのおもちゃにされていて、本人の方はいつも命からがら逃げ出していたが、噛み切られた尻尾の方は、廊下でひとりピクピクと動いていた。

 

ここのところずーっとボーっとしていた私にしては今日は忙しい日で、ミーティングとバイトの後、久しぶりになんと歌った。鼻歌とかではなく、自宅で音源を聴きながら歌っている様子をなんとiPhoneでビデオに撮って、依頼してくれた友人に送った。私は前から、自分がメインで歌って、誰かがその伴奏をする、といういわゆる歌手の定型的スタイルがあんまり好きじゃない。シンガーでメロディをうたうとなると嫌でもシンガーが中心になってしまうし、そうあるべきでもあるけど、でももっと歌も伴奏も分かち難くひとつでありたいといつも思っている。それはシンガーが誘いかけることのできることのなかで一番素敵なことでもあるから。

 

今日録音したのは、友人が来週発表する曲のコーラス。現在のところ全く機会がないんだけど、コーラスというのが私はとても大好き。寄り添える側になるというのはいいものだ。この作品では日本やブラジルやいろんなところの人たちがコーラスで参加するそう。みんな知ってる日本の童謡で、日系ブラジル人の友人は小さい時にお父さんが歌ってくれたんだとか。台湾でもこの曲は実はよく知られているので、また作品がリリースされた時に、お知らせがてらそのことも書いてみたい。

 

それにしても。音源越しではあったけど久しぶりに誰かと歌って、歌うのってやっぱり楽しいなー。楽しかった。ありがとうねマルセロ。ちょこっと生き返ったよ。