ランが咲いた

昨日はめずらしく吐き気がして、バイト以外の時間はぐったり。座っているのも難しいくらい気分が悪くなって横になっていたら、ぽんっとベットが弾んで、おばのところにずっとついていた愛之助が、寝ている私の顔の前へやってきた。お見舞いにきてくれたのね、このかわいいねこねこねこめ。

 

毎日朝から部屋の中も30度以上、生まれた場所とはいえ、慣れてはきたとはいえ、暑いものは暑い。アレルギー対策で母が買ってきたシャープの空気清浄機が、毎日ご丁寧に赤いランプをチカチカさせて「高温高湿なので危険です」とお知らせてしてくれる。中医のところにもそろそろ行かなくちゃいけないのに、歩いて15分くらいの散歩がてらちょうどよかった距離が、こうも暑いとえらい遠い。市場を通って行くのも、暑さに加えて、あの全身からアドレナリンを放出させた中高年女性の群れをかいくぐっていくのかと考えるだけで、家ならクーラーかければ涼しいし、愛之助もかわいいし、ああもう全く出かけていく気がしない。かと言ってまた具合が悪化してきても困るし、じゃあ近所の中医へ行ってみようということにして出かけたが、5分もあれば着くはずが、だらだら歩きすぎているのかちっとも着かない。向こうに郵便局が見えてきて、この熱気で頭がぼーっとしていたのか、金山南路をずっと真逆の方向へ歩いてきてしまったことに気がついた。道路の並木、木と木の間に並んだバイク、ファサードの下の額縁屋、水電行、饅頭店、キッチンのショールーム、和菓子屋、動物病院、じゅうたんカーテン屋、パロマガスの店、漢方薬と豆漿と餅店、果物屋、牛肉麺店、モスバーガー、コーヒー屋、印鑑屋・・・、隙間なくいつも何かがずーーっと並んで連なっているところに、その向かいの郵便局の手前に突然だだっ広い空き地が現れる。まるで何かの大きな間違いみたいに、木もない、雑草が生い茂ってすらない、枯れ草さえも短く刈られたただの無みたいな空き地がぼっかり口を開けて、あんまり急に現れるのでいつも私は面食らう。突然ここだけ空が少し広くて、青空さえほっとするようなしないような、なにか混乱した気持ちになる。空き地の横は、日本植民地時代の公務員住宅か何かだった木造瓦屋根の日本式建築の家々が、リノベーションされてまた新しい文化施設にされるんだろう、屋根を葺き替えられている。お昼休憩の頃、向かいのOKマートの前で道に座ってごくごくビールを飲んでいたガタイのいい男の人たちはこの屋根の上の人たちかもしれない。ビールでも飲むしかない暑さなので、私も一杯付き合いたいくらいだった。飲んだって飲んだって汗になって消えてしまうだろう。みんなどんどん飲んでね。暑いよね。

 

これまで通っていたクリニックは、私と同じくらいの女性の先生がやっていて、診療所の内装もこぎれいな婦人科のようなやわらかい雰囲気で、トイレなんて長居したくなるくらい素敵だったが、こちらのクリニックはモダンな雰囲気もありつつ、「俺は中医だ!」という主張がもっとストレートで、赤いもの、金色のもの、ツヤツヤしたもの、風水のよい竹がそこかしこにあって、これはこれでまたいい。病院の数メートル手前から、すでに道には中薬を煮出しているらしき匂いがプーンと漂い、そして台湾の病院らしく、入り口にも待合室にも電光掲示板があり、これにはかなり力が入っている。台湾はレストランから学校から、電光掲示板が大好きな国だ。この診療所では、受付の後ろの壁半分くらいを電光掲示板が占めていて、順番待ちの人たちの名前が上から順番に、名前の真ん中一文字を◯で隠してプライベートにも一応配慮して表示されている。順番がくると、宝くじの一等が出たかのように、自分の名前が真ん中に大きく表示され、色が変わってパチパチ点滅し、電子音の音楽が流れて、「廖◯理小姐、診察室へお越しください」と女の人の声の自動音声が流れ、それがまたなかなかの音量だがこの空間には調和している。ベッドで鍼を打たれている人たちと、薬草が数種類入った三角フラスコのような容器から出たチューブの先を肘に当てている女性の横を通り、診察室に入って、先生に自分と病の歴史を短くまとめて話し、手首を出し、ベロを出し、近頃の生理、排便、睡眠、仕事のストレスの様子を細かく伝える。この先生は中医內科、中医婦人科、中医小児科、中医皮膚科が専門だそうで、私が「最近子猫を飼いはじめて、アレルギーがあるのはわかっているけど、子猫のいない生活など考えられません」と伝えると、「好」と頼もしくうなずいて「あなたの薬の配合ができました」と言った。あなたの脈は典型的な血虚の脈、症状も重いし、生理後だから血を「補」しなくてはならない、とのことで、粉薬よりもよく効く煎じ薬が出された。私はふつふつとコンロで薬を煎じるのが大好きで、よしきたと楽しみにしていたら、台湾ではどうやら病院が1週間分の薬を煎じたものを一服分ずつ、小分けパウチ袋に入れて渡してくれるシステムが一般的らしい。「私たちが今から煮ますので、明日の朝11時に取りに来てください」と受付の女性が言った。塗り薬の養肌紫雲膏だけもらって帰って、箱に「ローズの香り」と書いてあるが、紫雲膏はゴマ油の入った軟膏なので、蓋を開けて匂ってみるとゴマ油とローズの香りだった。まあこれもありか、と思いながら、私は、私の中の世界と外の世界がうまくいかなくなってる間のところに、こうして先人たちに倣って、いろいろ入ったゴマ油をすべすべと塗りながら、今この場所でなんとかうまく調和していきたいと思っている。

 

愛之助のうんこを袋に入れて、キッチンの裏のベランダのおじいちゃんの使用済みオムツ入れに混ぜ込みに行くと、旧正月に花市で買ったランの花が、いつの間にかまたつぼみをつけて、こちらに向かって咲いていた。