居之安

曇り空。師大の赤茶色のタイルの向こうに雲の合間、少しだけ空が見える。ほとんど風がなく、北のベランダも空気がむっとしているけど、南側のこちらもやはり風がない。時々なんとなくでも吹いてくる風が涼しい。母がホースでベランダの植物に水をやっていて、生ぬるい匂いがする。

 

愛之助の猫砂、近くで売っている安いの(でもパッケージは可愛い)を使っていたが、母といとこがどうやら猫砂の粉塵に反応しているようで、毎日咳をしたり、くしゃみをしたり、かわいそうなので、バイト代が入ったら早速新しいタイプに買い換えようと、ここ最近毎日ネットで猫砂レビューを読んでいた。おから、おがくず、紙、とうもろこし、クリスタル、粘土(鉱物)、ざぶざぶ洗って再利用できるエコ仕様・・・。こんなに種類があるんだとは。こんなにある中から選べだなんて大変だなあと思っていたのが、読んでいる間にだんだんはまってきて、最初は台湾のサイトで中国語で読んでいたのが、そういえば日本ではどうなんだろう、と日本語でも読み始め、ふむふむ、アメリカから輸入している粘土タイプに良さそうなのがあるけど、これは本国でも売れているのかしら、と日・中・英3ヶ国語で猫砂レビューを読むのが日々のたのしみになってしまった。語学がいつ何の役に立つかは、勉強中には全くわからないもの。役に立ったのか時間の無駄だったのか、よくわからないけど、ひとまず注文した猫砂は揺すっても何してもほとんど粉塵がなく、母やいとこは何も感じてないみたいだけど、感じてないということはアレルギー反応もしてないということだし、まあいい知らせ。

 

猫砂を触るというのが私はとっても好きで、愛之助の世話の猫砂関連の部分はすべて私が買って出ている。砂を平らにならしたり、ウンチやおしっこをスコップですくい取ったり、少しかさが減ったら砂を足して、足した分の砂の山を、また平らにならしたり、どこかにおしっこが飛び跳ねてできた小さなかたまりが紛れていないか、砂の中を入念に調べたり、どれもこれもなんて楽しいんだろう。ただ砂を平らにしていると無心になって、何もない箱庭療法みたいで、禅寺の庭みたい。それとも子どもの頃の砂遊びの記憶なのかな。お団子つくって、大事に大事にまあるくして、最後にこわすのが、もったいないようだけどすごく楽しかった。中だけ湿っていて、外側から乾いてきて、手で持つとぼろっと崩れる砂団子。愛之助も猫砂が大好きで、小さい時は猫砂の中でコロコロと楽しそうに一人で飛び回って遊んでいた。今は流石にそこまでではないけど、私が猫砂の方へ行って何かしようとしているのを感じとると、どこかからかすっ飛んできて、ウンチかおしっこか、ぷるぷる気張りながらどっちかを出してくれる。「これは俺様の猫砂だ!」というマーキング行為なんだろうか。私は流石にそこまで砂に執着ないので、出してくれたうんこかおしっこをまたスコップですくって取って、チームプレーのようでたのしい。

 

9月の豊岡演劇祭がついに正式に開催決定となり、Qの稽古も8月から始まると制作のまきこさんから連絡があった。岸田賞の授賞式もヨーロッパ公演も全てキャンセルになってしまったから、やっとみんなと稽古ができて、歌うことが、ダンスができて、本番もできる、しかも市原佐都子さんの大好きな作品、額田大志さんのイケてる(!)音楽、それがとってもうれしく楽しみな反面、今日本に戻るというのは、ああ、なんと悩ましいことなのだろう。台湾から眺める東京、日本というものが、本当にガラリと変わってしまった。事務作業的にも、飛行機はまだ運休だらけなので、予約している東京行きのフライトを航空会社がキャンセルする可能性があり、そうなるとまたチケットを一から取り直さなくてはならない。周りの話を聞くと、予約しては運休、予約しては運休、と3〜4本続いて、当初の予定から1ヶ月以上遅れてやっとチケットが取れたという人もいる。運だめしみたいななんだろうし、運があってもなくても、日本に着いたら着いたで、まず空港でPCR検査、その結果待ちに1〜2日ほどかかり、その後も14日間の隔離をしなくてはいけない。自主隔離をどうやってしたらいいものか、ネットで情報を探しているけど、自主隔離できるホテルなど宿泊施設の情報も、条件も、かなりあいまいでバラバラ。そもそも「自主隔離」という言葉が、いかにも誰も責任を取らないでいいようにこしらえている言葉なのがあからさまで、そうだった、そういう国ジャパンに帰るのだったと改めて感じる。こんなのをまじめにお金払って自分でやるのが馬鹿馬鹿しくなってくるし、果たしてみんなはどうやって、どんな「自主隔離」をしているのかしら。

 

そんなわけでまた少しブログも時間が途切れてしまいましたが、バイトで隔離費用を稼ぐ日々、家族のこと、特に私の国籍のことなど、いろいろ向き合ってドタバタする日々です。体調もまずまず落ち着いてきたあたりで、ホッとしながら改めて身辺を眺め回してみると、非常にプライベートなことから、仕事のこと、もっと大きなことまで、これだけいろいろ考えなきゃいけないこと、やらなきゃいけないことオンパレードなんだから、そりゃあひとまず準備運動に疱疹くらい出るよな、という気分になってきた。愛之助といっしょに猫砂でもいじりながら、ぼちぼちやらんとね。台南で看護師をしているはとこから、日本に行くならこれを着ろ、と防護服が郵便で送られてきた。

 

母が「早く早く」とあわてて部屋に呼びにきたので何かと思ったら、おじいちゃんのトイレに虹が出ている。世界中こんなことになっているし、我が家にも様々なエネルギーが行き交っているのか、数日前には私の目の前で、机の上に置いたさわってもいないマグカップが突然、まるでコインが湧いて出てくる手品みたいにチャリーンと音を立てて、割れた。マグカップが突然そういう風に割れるということがすぐに理解できなくて、愛之助といっしょにきょろきょろしていたら、カップの底から1/4あたり、ぴーっと横にまっすぐ5cmくらいの裂け目ができていて、そこから私のミルクコーヒーがゆっくりじわじわと、たっぷりした形のしずくになって染み出していた。私の部屋のドアにかけていた壁飾りもとれた。この家に戻ってきた15年前、師大夜市にあった中国風の雑貨や古いポストカード、おしゃれな文房具などを扱うお店(もう無くなってしまった)で見つけたもので、てかてかしたサテンの布でできた家にかわいい刺繍がしてあって、その下に「居之安」とやはりサテンの布でかたどった三文字が連なり、そのさらに下に中国結びのフサフサ飾りが付いていた。ドアを開けるたびにこのフサフサが揺れるのに以前から目をつけていた愛之助が、最近けっこう高いところまで跳べるようになって、ついにジャンプし、私の居之安をつかんでちぎり取り、居之安がばらばらになって落ちた。安らかに居るというのはたしかにますます難しい。