浜辺のアインシュタイン

いろいろなことがもう全く終わっていないのだけど、やっぱり見に行った。浜辺のアインシュタイン。

見に行って本当によかった。感動してめずらしくtwitterに投稿してしまった。最近ようやくSNSとの付き合い方がなんとなくわかってきた。少なくとも嫌いじゃなくなった。

 

時々、たどり着くのが妙に大変になってしまう行き先というのがあって、なぜだか、それが私にとって意味のある行き先になることが多い。昨日も、まず一緒に観に行こうと言っていた友人がコロナになって来れなくなり、一緒に来てくれそうな他の友人数名に連絡してみるが全く見つからない。ああチケットがもったいない、まあ2席使ってたっぷり観ようか、と思いながら、早起きして少し仕事をして家を出て、ところが今度は電車が遅延、横浜に着くのが遅くなり、しかも会場をすっかり勘違いしていて、勘違いしているということを、しーんと静まり返った県立音楽堂にたどり着いてようやく気がついた。ぷぎゃー!となって、あわてて、せっかく頑張ってのぼったあの坂をまた下り、桜木町駅まで戻ってタクシーに乗り、県民ホールへ。タクシー代ピッタリ1000円。

 

来れて本当によかった。開始後20分ほど経って到着し、1階最後列へ案内され、他の遅れてきた人々といっしょに、端から詰めて座って観た。4時間の公演ということで途中休憩があった。私はたまらなくなっていて、わーっと歩いて外に出た。県民ホールは、ホールを出てレンガの階段を降りるとすぐそこに山下公園があって、もう水辺なのがいい。歩きながら、さっきまで合唱の人たちが反復し続けていた旋律を私も歌っている。ぐるっとホールの周りを犬みたいに大きく一周して、ずっとその旋律を歌って、向かいにあるパスポートセンターになんとなく入ってみたりした。コーヒーを飲みたくなり、デイリーヤマザキに入った。あそこのデイリーヤマザキは、おいしそうな豆腐とか、素朴な手作りっぽいパンとかが売っていて、そしてコーヒーもラテとかいろんな種類がないのがなんだかよくて、店員さんもさっぱりして気の利く気持ちいい人だ。コーヒーを淹れながらスマホを眺めていると、一柳慧さんの訃報が流れてくる。えっ、と声が出た。最後にお見かけしたのは、そういえばこの県民ホールだったなと思い出していたところだった。あれ、そろそろ休憩終わりかしらと思ってホールに戻ると、もうホワイエにも誰ひとりいなくなっているのが見えて、熱いコーヒーを持ったまま、こぼれないように気をつけながら走る。このコーヒーはもう飲めない。受付のところで火傷しそうに熱いのを無理やり一口飲んで、「すみません」と謝りながらそこに置き、案内係の方二人に小走りにリレーされるような形で席へと案内してもらう。「お席がわからない、今いらっしゃったんですか?」と尋ねられ、「いや、さっきも遅れてしまったので・・・」と口ごもる。席は列の真ん中の方にあるので、すみません、すみません、とまた言いながら、足を畳んで小さくなってくれている他のお客さんの前をなるべく体を細くして通る。でも私は、浜辺のアインシュタインを半分観て、もう、こういう私の仕方のない営みが、人間の仕方のない営みが、それでも肯定されているような気持ちにすでになっていた。上演中、さっきデイリーヤマザキで店員さんがあっためてくれたフレンチトーストが膝の上のエコバッグの中で、ずっとあたたかかった。

 

中華街を通って石川町から帰り、前の日に雨に降られて置いてきてしまった自転車を取りに、片瀬江ノ島まで乗っていく。電車を降りると、ホームから目の前に月が見える。県民ホールの斜め上、山下公園とホールの間の空にも、雲に隠れながらぼんわり月が光っていた。江ノ島では雲が退いてぴかぴかと輝いていた。十三夜。134に出ると、月は私の後ろになって、歩いていると見えない。それもいいなと思った。私の後ろに月があるのも。土曜の夜だからか、江ノ島の飲食店はどこも賑わっている。みんなが集まって食事しているのを眺めながら、少し華やいだ気持ちで、自転車おきばまで歩き、すべるように漕いで家へ帰った。